毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

なぜメイフラワー号は神話となったか?「小さ子」という神話の構造~『ピルグリム・ファーザーズという神話』(1997)

ピルグリム・ファーザーズという神話―作られた「アメリカ建国」 (講談社選書メチエ)

 大西氏はアメリカ文学の研究家、1620年、厳冬。メイフラワー号はアメリカ東岸に漂着する。最初の植民者でもなく、篤信の士も少なかった百二人。歴史の波間に没した最小、最弱の植民地が、「建国」説話となる逆説。1998年刊

 
集合的イメージ

 

 

17世紀初頭のイギリスでの宗教弾圧をのがれ、信仰の自由をもとめた宗教的な一団がイギリスのプリマスを出発し、メイフラワー号に乗ってアメリカ大陸を目指した。1620年の冬ニューイングランドに到着した彼らは、プリスマ・ロックに始めの第一歩を踏み降ろし、その地をプリマスと名付け、プリマス植民地を設立。上陸前に、入植民のあいだで取り交わされたメイフラワー・コンパクト(盟約)は後のアメリカ合衆国の基礎となった。

 

 

その冬の厳しい気候に耐えられずメンバーの半数が餓死したが、2年目の秋には豊かな収穫に恵まれ、その間援助を受けたインディアンを招いて感謝の機会を持ち、それが今日の感謝祭につながる起源となった。(9ページ)

 

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History, Travel, Arts, Science, People, Places | Smithsonian

アメリカの歴史の原点

 

 

文字どおり信仰に命をかけた人びと。ルネッサンス文化はなやかなヨーロッパ文明を捨て、あえてアメリカの荒野を選んだ我等の父祖。ここにキリスト教国としてのアメリカの信仰の起源がある。また、メイフラワー・コンパクトは、近代社会を形成する市民契約の原型である。・・・つまり、プリマス植民地には市民的自由と信仰の自由の原点があるとされているのだ。(10ページ)

 

足元のおぼつかない素人集団

 

 

プリマス植民地の成立からその消滅までの70年間をたどってみると、ピルグリムたちは固い信仰に支えられてはいたものの、一枚岩とはとてもいえない多くの異分子を内包した素人集団であったと言えよう。投資家や、ともに入植した「よそ者」たちに、翻弄され、ときにはだまされ、おぼつかない歩みを進めていたようにしか見えない。(103ページ)

 プリマス植民地は、その印象深い様々なエピソードとは裏腹に、実際にはアンチクライマックスな展開をたどり、1691年には隣のマサチューセッツ湾岸植民地に吸収され消滅してしまう。(102ページ)

 
 どうしてピルグリムファーザーズのみが神話となったか?

 

ピルグリム・ファーザーズは上陸した1620年から最初の感謝祭とされる1621年までのストーリーを指す。大西氏はピルグリム・ファーザーズを歴史的事実と位置づけるより、数ある植民地の中から選択され、共有された神話であると分析する。ピルグリムファーザーズは弱小で消滅したからこそ、神話になり得た。そこには驕りからも欲望からも自由であるからである。

「小さ子」という神話の構造

 

柳田國男は桃太郎の物語を「小さ子」といい、イエス・キリストとも共通する構造を指摘した。「小さ子」は神話や伝説で、背の低い神や人を「小さ子」と呼び、何らかのかたちで福をもたらすという。私はピルグリム・ファーザーズにも同じ構造をみる。人種を問わず、宗教をとわず、人々は自然の前で無力であり「小さ子」なのである。ピルグリム・ファーザーズの「神話」は、「素朴で、自由で、寛容なアメリカ人」の原点である事に気づかされる。

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ピルグリム・ファーザーズの神話は今も引用されるCNN.co.jp : オバマ米大統領、七面鳥を恩赦 「権限の範囲内」で笑い

蛇足

 

神話は繰り返し引用されるから神話となる。

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