毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

近代とはアメリカ開発の超長期ブームだった。~『世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)』

世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)

川北氏は世界システム論の研究家、近代の世界史を有機的な展開過程として捉える見方、それが〈世界システム論〉に他ならない。第一人者が豊富なトピックと共にこの理論を解説する。(2016)

 
 
近代とはアメリカ開発の超長期ブームであった

 近代史とは、ヨーロッパによる南北アメリカの開発にともなう、超長期のブームにほかならない、といったのはアメリカの史家ウェッブである。「三角貿易」に象徴される「奴隷・砂糖貿易」複合こそは、(南北)アメリカ開発のテコであった。このテコはまずポルトガル国旗のもとでオランダ人によって利用され、ついでイギリス人とフランス人が利用した。すなわち、1575年から1650年にかけて、ブラジルは膨大な奴隷輸入を行って、全ヨーロッパの砂糖需要を賄った。その後、17世紀前半にイギリス領を皮切りに、カリブ海の「砂糖革命」が信仰する。(143ページ)

奴隷貿易

(最近の推計では大西洋奴隷貿易の総宇数は)1200万ないし2000万というのがほぼ妥当な推計とみられている。最盛期の18世紀で、年平均5~6万人という計算である。総数のおよそ1/3は長期にわたってブラジルで奴隷制を維持したポルトガルのものであり、・・・このブラジルに、カリブ海砂糖植民地を中心とする英仏両国領が拮抗していた。(135ページ)

奴隷貿易はアフリカに何をもたらしたか?

大西洋奴隷貿易の展開にともなって、奴隷狩りに好都合な、戦士階級に支配される小国家が乱立する状態が生じた。このため、民衆はイスラム教徒の支配者に保護を求めることになり、この地域のイスラム化を促進することになる。(141ページ)

アフリカにとってこの貿易は、本質的に労働力の流出そのものでしかなかった。1650年以降の2世紀間で、環大西洋地域の人口に占めるアフリカ人口の比率は、中東への奴隷輸出も重なって、およそ30%から10%にまで低下した。とすれば、・・・アフリカ社会が全体として、奴隷貿易から得たものはほとんどない。(142ページ)

近代世界システムの誕生

近代の世界システムは、いわゆる大航海時代の後半に、西ヨーロッパ諸国を「中核」とし、ラテンアメリカや東ヨーロッパを「周辺」として成立した。…今日では、地球上に、このシステムに組み込まれていない地域は、ほとんどない。(28ページ)

近代世界システムは、帝国として政治的に統合されておらず、たんなる大規模な分業体制として成立したことが特徴です。しかも、この近代世界システムには、「飽くなき成長・拡大」を追求する内的動機が内蔵されていることは、この拡大の一つの要因です。(244ページ)

世界システム論講義

 世界システムは工業国を中心とする中核と、農業国を中心とする周辺で構成される。中核は周辺に対し強い交渉力を持ち世界システムをドライブしてきた。この世界システムはヨーロッパの南北アメリカを開発するという超長期のブームによって拡大した。そしてこのストーリーは500年を経て未開発地の消滅によって終わった。

またその陰にはアフリカの労働資源の浪費の存在があり、世界システムにおいて奴隷貿易は利益率の高い世界商品であったということに気づかされる。未だ現代アフリカにおいて社会構造、文化、歴史が奴隷貿易によって消去された影響は大きい。

蛇足

 アメリカ開発の超長期ブームの裏側が奴隷貿易

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