毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

海外パック旅行が始めたのは誰か?~『トーマス・クックの旅―近代ツーリズムの誕生』本城靖久氏(1996)

トーマス・クックの旅―近代ツーリズムの誕生 (講談社現代新書)

 本城氏は西洋文化史の研究家、だれでもが、団体割引で、安全・快適な旅をどうぞ! 大英帝国での“レジャーとしての旅行”誕生はどうやって生まれたのか?(1996)

 

トーマス・クック(1808~1892)は、イギリスで旅行代理店であるトーマス・クック・グループを創業、近代ツーリズムの祖として知られる。

安価な夜行列車や乗合馬車を利用して、多くの民衆をロンドン万博に運ぶ企画を成功させた。その後、1855年のパリ万博、1869年の大陸横断鉄道やスエズ運河の開通を機に海外旅行も手がけ、庶民の娯楽としての旅行を定着させた(Wiki

トーマス・クックの動機

運賃が高いため、それまで自分の生まれた町や村を離れたことのない貧しい人々に、トーマス・クックが安い団体旅行をいろいろ提供しようとしたのはなぜかというと、これまで訪れることができなかった遠隔の地に多くの人々が行けるようになれば、文化的・歴史的な過去の遺産や素晴らし自然の景観にも触れることができ、その教育的な価値ははかりしれないほど大きく、また遠隔の地の人々との交流を通して友愛・友好を深めることもでき、それによって世界平和に貢献できると心から信じていたからである。(76ページ)

労働と余暇の分離

トーマス・クックのおかげで、労働者までもが団体旅行を利用して、近郷の日帰り旅行はもちろんのこと、海のかなたのパリの万国博を見にいくことさえできるようになった。その背景には、ヴィクトリア時代のイギリスの繁栄を反映して、労働時間の短縮・休日の増加・実質賃金の上昇などに見られるように、労働者階級の生活がゆっくりとではあるが着実に改善されつつあったという事実がある。

もともと産業革命以前の伝統的な農耕社会では、仕事と遊びは分離されていず、労働と余暇・娯楽は混然一体だった。しかもそのうえ、宗教的な意味合いをもった伝統的な休日はたくさんあった。(94ページ)

トーマス・クックはマス・ツーリズムの先駆け

トーマス・クックが始めたことは、マス・ツーリズムの先駆けにほかならない。つまり、低価格による大量仕入れと薄利多売の原則を旅行の分野に適用することにより、それまでには上流階級に限定されていた旅行、特に海外旅行に代表される遠隔地への旅行、を一般大衆でも楽しむことを可能にしたのである。(108ページ)

トーマス・クックの旅

トーマス・クックの原点は1841年自らが主宰する禁酒運動の大会を、開通したばかりの蒸気機関車を使った郊外への日帰り旅行を企画したことに始まる。産業革命以前では労働は肉体労働を意味し、農業などの作業では飲酒をしながら働くことは普通であった。その習慣が工場にも持ち込まれ、様々な問題、健康問題や工場運営の乱れ、などの影響を与えていた。こういった時代背景もありトーマス・クックは禁酒運動に力を注いでいた。その後、トーマス・クックは労働者が知らなかった旅行を安価に提供することで、結果として飲酒の代わる新しい娯楽を与えることに成功する。

マス・ツーリズムが成立するためには休日が増えることも必要である。産業革命を境に労働と余暇の分離が進み、交通機関の発達による安価な輸送能力の確立、これらを掛け合わせた所にトーマス・クックの目の付け所があった。トーマス・クックは人々が想像だにしないものを提供した。本書によれば世界の就労人口の10%が観光業に従事するという。トーマス・クックは”パック旅行”で世界を変えた。

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現在のトーマス・クックのwebを見ると、そこに描かれた旅行風景は実は150年前と大きく変わらないことに気づく

蛇足

労働と余暇の分離とは本当に良いことだろうか?

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