どうしてケニアの陸上長距離選手は強いのか?~『人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか』川島 浩平氏(2012)
人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)
川島氏はアメリカ文化の研究家、オリンピックの陸上男子100m決勝で、スタートラインに立った選手56人は、ここ30年すべて黒人である。彼らは他の「人種」に比べ、本当に身体能力が優れているのか。(2012)
どうして米国では黒人のプロアスリートが多いか?
黒人男性で弁護士や医師を生業とするものが6万人もいるのに比べ、プロアスリートとして生計を立てられる黒人男性は3000人にすぎない。要するにスポーツへの執着は、黒人の青少年を将来性のない袋小路へんと追い立てていることになる。(195ページ)
ケニアの選手はどうして長距離に強いのか?
ケニア人長距離種目トップアスリートの出身地は一部の地域に集中している。少しデータは古いが、1992年の時点における国際級トップレベルの長距離走者197名の141名は(ケニアの)リフトバレーに居住するカレンジンというエスニック集団の出身者で、カレンジンのなかでもナンディという下位集団がその圧倒的多数を占めていた。(221ページ)
遺伝学的な多様性
最近の遺伝学は、アフリカが、地球上の他のいかなる地域よりも多様性に富む大陸であることを教えてくれる。・・・アフリカ内のほうが、アフリカとヨーロッパ/アジア(ユーラシア)間よりも多様性に富んでいることになる。・・・黒人は背の高さ、骨格、筋力やその他の形質から生理学的な機能まで、大きく異なった特徴を有する幾多の人間集団によって構成される全体を意味する概念として見直さなければならない。(235ページ)
黒人とは
「黒人」とは広大な地域に居住する人びとを指す網羅的な概念に過ぎない。「黒人」には西アフリカ、東アフリカ、中央アフリカ、南アフリカを出自とする多種多様なエスニック集団がすべて含まれる。(238ページ)
本書の裏テーマ
本書は「人種とスポーツ」をテーマとしているが、実はこのテーマと深く関わりながら、公式、非公式に、もっともよくアカデミズムの世界で取り上げられてきたテーマがある。「人種と知能」である。(244ページ)
黒人の身体能力は生まれつき優れているのか?
ケニアのナンディという地域の人びとは幼少期10㎞以上を「走って」学校に通うことも珍しくないという。「歩いて」ではない。ケニア人が長距離種目で強いのは「走行機会の有無および訓練や努力のいかん、など後天的な要因と高い相関関係にある」(225ページ)と説明する。
一方黒人の身体能力が生得のものであるという主張は、黒人が知能において生得的に劣っているという主張の裏返しである。米国で黒人のプロアスリートが多いのはプロアスリート以外に成功の道がない、と思い込んでいる、あるいは思い込まされていると言えよう。最近の知見は「黒人」という概念が遺伝学的に極めて根拠の薄いものであることを示している。そもそも人間を白人、黒人、黄色人種、の3分割するなど乱暴すぎる。
オリンピックやプロスポーツをTVで見ると「黒人」の素晴らしい身体能力を目にする。それは人間の中に身体能力と訓練・指導に恵まれた人がいる、だけだと理解することになる。
人種と知能指数について語るとき、社会的な偏見によって議論の袋小路に入る。人種とスポーツを語ることによって、両方の問いに答えていると思う。すべてのケニア人が長距離ランナーに向いている訳ではない。長距離ランナーを目指すのには社会的な、すなわり後天的な要素も多いのである。
蛇足
できることをやる、好きになれることをやる
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