天使の視点を知っていますか?~「遠近法の発見」に見るルネッサンス以前と以後
辻氏は西洋絵画史の研究家、ルネッサンス以降の遠近法を「地上の遠近法」、それ以前を「天使の遠近法」と呼ぶ。1996年刊
地上の遠近法
地上に立つ人間にこそよく見える「地平」が、ルネサンス遠近法には表れています。人間は姿を見せなくとも、見えない影を落しています。確認できるのは眼の位置であり、そして視線です。地上に立つ人間は姿を見せないまま、・・・決められた眼の位置が、その存在を主張しています。
両足で地上に立つ人間にしか見ることのない映像が、ここにはじめて、画面一杯に繰り広げられました。これこそ、ルネッサンスがはじめて獲得した真正の遠近法なのです。この「地上の遠近法」は、3次元空間と人間の眼のあいだで切り結ばれる、いかにも厳しい比例感覚、これこそルネッサンスに固有の遠近法比例、を示しています。(130ページ)
ルネッサンス以前は「天使の遠近法」
地上に立つ人間の眼よりも高い後方の位置から、次第に上方に飛翔して、対象が限りなく縮小して、ついには消えて見えなくなくまで見届けている、そんな眼は、天使のそれに譬えるしかありません。(122ページ)
まさしくルネッサンス以前の後期ゴシックのイタリア、とりわけシエナ派の絵画い実際にみられる比例に他ならないことにきずいたからです。(118ページ)
遠近法とは
我々が遠近法と言った場合、ルネッサンス以降の、つまりは「地上の遠近法」を指す。それは単一の固定視点から、直立するキャンパスを透して対象を見渡すこと。単一の固定視点は揺るがない画家の視点であり、ルネッサンスの合理的・科学的思想と整合する。
ではそれ以前はどうだったか?著者は「天使の遠近法」と呼ぶ。天使の遠近法は単一の固定視点ではないのである。「地上に立つ人間の眼よりも高い後方の位置から、次第に上方に飛翔」とは2つの視点を持ち、そして一つの視点が移動する。
上図「天使の視点」は視点がだんだん上昇している。
聖告(ロネンツェッティ作、シエナ1344)にみる2つの視点
本書口絵より
画家が人物を描写する視点は水平である。一方床のタイル模様を見ると、かなり上方の遠くから床を描写している事がわかる。2つの視点が混在しているのである。天使の視点は映画でカメラが上方かつ遠方にスパンしていく様なものである。これは地上に立ち止まっている視点からは決して得られない。
視点を変える
本質の捉え方を変える事を視点を変える、と譬える。ルネッサンス以降の遠近法に馴染んだ現代にとって、天使の視点は別の視点の存在を思い出させる。
蛇足
視点は一つである必要はない。
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