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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

我々に「なぜ?」は足りているか?~『「なぜ?」から始める現代アート』長谷川祐子氏(2011)

映画・芸術

 

「なぜ?」から始める現代アート (NHK出版新書)

長谷川氏は東京都現代美術館のチーフキュレーター、現代アートが見せる、「なぜ?」とは何か?(2011)

 

現代という時代

周囲にある多くの視覚体験は、「なぜ?」を生まなくなってしまったのです。マスメディアやエンターテインメントによって生み出される、「わかりやすさ」と「予定調和」を目的とした視覚情報はこれらを加速しました。(13ページ)

現代アートの機能

現代アートは、ありとあらゆる方法と素材を、メディウム(媒体)として想定しています。私達の、知性や感情と五感すべてがその受け皿になります。・・・アートは、人と人、領域と領域の隙間を埋めていくための、有効な一つの装置です。・・・現代アートの機能、役割には、大きく二つあるといえます。一つには歴史を経る中で分離してしまった「目」と「体」をつなぐということ。もう一つは、いろいろなメディウムと縦横無尽につながっていく隙間装置としての機能です。(25ページ)

アートと科学

アートと科学は、同じゴールである「真理」にたどり着こうとして、全く別の道を歩き始めた二卵性双生児のようなものです。・・多様性を前提とするというアートと、解が一つではなくてはならない科学には大きな相違があります。しかし、一つの大きな共通性があります。それは、未知なものに向かい、新しいものを作り出すという創造性です。科学は新しい真理を発見し,新しい世界の構造を解明する。アートも、いままでになかったものを出現させていく。(84ページ)

アートは人が作るもの

アートもデザインも本来人工的な産物で、生物と違って自然的淘汰で進化するものではありません。引用したり折衷したり、新たなメディアやテクノロジーや理論と交差させてみたりと、いろいろな過程があるのです。(188ページ)

 

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 アフラム、ペルー・ブルー(本書口絵より)

二方向から光を投影しただけの作品。光を素材として使い、知覚を触材とした作品。四角い光の立方体が空中に浮いている。

 

「なぜ?」から始める現代アート

長谷川氏は現代アートを「なぜ?」を呼び起こすものだと言う。「なぜ?」に答えるため人間は神を創り、科学を追求した。しかし未だ「なぜ?」は尽きない。

我々は予定調和的に生活している。それは「なぜ?」を考えなくてもよい生活でもある。アートは想像力に訴えかけ、大きなメタファーとなって「なぜ?」を浮き彫りにしてくれる。

長谷川氏がアートを定義していく文章を読み、気づきを得る。アートという言葉を別のものに置き換えたらどうなるか?たとえばビジネスに置き換えてみる。立派に通用する。およそ我々の活動はすべてアートと称せられる。様々な活動の中でアートは、物理法則、お金、法律、既成概念、ありとあらゆる前提条件から自由である。そして我々の目の前の活動も実はアートと同様、「引用したり折衷したり、新たなメディアやテクノロジーや理論と交差させてみたり」することで進化するのである。

蛇足

我々に「なぜ?」は足りているか?

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