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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

神を作ったのは人間である~『佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?』竹内久美子氏×佐藤優氏(2016)

佐藤優さん、神は本当に存在するのですか? 宗教と科学のガチンコ対談

 

竹内氏は動物行動学の研究家、佐藤氏はプロテスタント神学、神は存在するのか?(2016)

 

神は妄想である

ハイデガ―の実存主義哲学も出てきたし、文學も傾向が変わったし、あるいは量子力学のような発想が、ゲーテルの「不完全定理」とほぼ同時期に出てきた。何事も、確実だったものが確実と言えなくなったんです。・・・「神は妄想である」というのは、(不合理な第一次世界大戦がはじまった)1914年までの啓蒙主義の世の中では、少なくとも知識人の常識でした。(33ページ)

プロテスタント神学の解釈

神様は心の中にいるという考え方でした。心によって宇宙を直観したり、心理作用によって神を構想したりするようになった。・・・人間が自分の願望とか願い事で作り上げてきた神様は、キリスト教が禁止しているところの偶像だということになった。(34ページ)

人格神を想定する宗教が主流だとする考え方は、100年以上前、いや、200年ぐらい前の宗教観ですよ。人格神を想定していない宗教のもうが圧倒的に多い。(42ページ)

危険なのは宗教

危険なのは神というより宗教のほうでしょう。たとえば、仏教は完全な無神論の体系なのに、そこからオウム真理教のような教団が派生してくる。それは神と関係なく、宗教の問題です。だから宗教は危険なのです。・・・宗教というのは、人間が自らの願望、欲望を投影してつくりだしたものだからです。・・・ただし、人間というものは本質において宗教的な生き物なのです。無神論者は「無神論の信者」であり、合理主義者は「合理性の信者」なんですね。(39ページ)

欧米人はどう考えているのか?

(インテリジェンス機関に勤務するような)合理的な発想をするから、イエスが神であったり復活したりするというのはまったく信用しないんですね。でも、最初の一撃の担い手としての神だけは認める。(49ページ)

神は存在するのですか?

1882年ニーチェが「神は死んだ」と言った。以来西洋社会において神の存在領域はどんどん小さくなっている。神の存在は小さくなっても宗教はなくならない。人は絶対的価値観があった方が安心できるからであろう。

それでは現代欧米の知識人はどう考えるのか?キリスト教は宇宙を還元をしていった最初の一撃、有と無の間から宇宙が生まれたとき、神の一撃が存在したと考える。

宇宙生成の論理は解明されていないのだから、これには誰も反証できない。逆に言えばキリスト教はここまで後退していることになる。

今後も神の存在は小さくなっていくのであろう。佐藤氏が言うとおり、神の存在が問題なのではなく宗教の存在こそが問題なのであろう。我々は何かにすがりたい生き物、なのである。そしてそれは恐怖心と結びつき、自ら不幸な出来事を引き起こしかねない。

プロテスタント教徒である佐藤氏は「全知全能の神によって造られたこの世界を、それ自身制約がある人間の理性によって解明することはできないと考える」(2ページ)と記す。我々に必要なのは、能力に限りのある人間が自分の独断を疑う姿勢にある。ここには神の存在をどう考えようと、、どんな宗教を受け入れようと影響を受けない。

蛇足

神が人間を作ったのではなく、人間が神を作った

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