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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

色とは脳の錯覚である~『色彩心理学入門―ニュートンとゲーテの流れを追って 』大山 正氏(1994)

生物

色彩心理学入門―ニュートンとゲーテの流れを追って (中公新書)

大山氏は心理学の研究家、色彩の研究は、ニュートンの実験に始まり今日の色表示体系にいたる。(1994)

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色とは何か?

 現代では太陽光は、長波長に対応する赤から短波長に対応する菫(スミレ、バイオレット)まで連続的に変化する光によって構成されていると考える。光に色がある訳ではなく、様々な色を作る光があると考えられている。つまり色は、光が目を通じて大脳にもたらされた神経興奮によって生じた感覚である。

 

現代人の錯覚

我々現代人もこの点(色とは視神経によって生じた感覚)を忘れて、あの赤い本とか、青いネクタイとかいって、あたかも色が物自体の性質であると錯覚しやすいのである。厳密に言えば、外界には長波長を多く反射させる本や、短波長を多く反射させるネクタイが存在するにすぎない。

混色は錯覚である

スペクトル中の赤の部分と緑の部分をとりだし、これら二つの光を適当な割合で混ぜると、きれいな黄色ができる。これはスペクトル中の黄色と見かけの上でほとんど変わらないが、物理的にはまったく異なっている。混色によってできた黄色の光はプリズムを通せば再び赤と緑の光に分かれるが、スペクトル中の黄色はもう一度プリズムを通してみても相変わらず黄色の光である。このように、混色は、あくまで感覚的現象であって、物理的現象ではない。混色は一種の錯覚である。(58ページ)

彼は赤、緑、菫(すみれ、バイオレット)にそれぞれ感じる神経を仮定したが、もし、ほかに、黄を感じる神経や橙を感じる神経が存在するのであれば、スペクトルの赤色光と緑色光を混色したものと、スペクトルの黄色光を混同することはないはずである。…この事実は、(赤と緑の混色と黄色の)両社が全く同じ神経興奮パターンをつくることを示唆している。(59ページ)

黄色を直接感じる視神経はない

スペクトル中の黄色光が網膜に到達した場合について考えてみよう。黄にとくに感じる神経はないが、そのかわり図4-1のように黄色光の振動数に比較的近い固有振動をもつ赤と緑の神経が少しずつ興奮すると仮定しよう。そうすれば赤と緑の神経のほぼ均等な興奮が同時に脳に到着することが、黄色光が目に到達したということを大脳に知らせる信号となり、そこで黄の感覚が生じると考えられえる。…赤と緑と菫の三種の感覚神経を仮定すれば黄や橙は赤と緑の神経の同時興奮として、また青は青緑は緑と菫の神経の同時興奮として、さらに紫や赤紫は赤と菫の神経の同時興奮として説明できる。(61ページ)

再び、色とは何か?

 

Wikipediaによれば色とは「色 は、可視光の組成の差によって質の差が認められる視知覚たる色知覚、および、色知覚を起こす刺激たる色刺激を指す。」と定義されている。地球上に眼を備えた三葉虫が誕生したのが5億年前、以来動物は色を利用してきた。光は周囲の環境を含んだ情報であり、それを色として区別して認識することでより豊富な情報量を獲得することに成功している。

色の3原色とは視神経が興奮しやすい波長帯を強調して取り出したものだった。世界は色で溢れているのではなく、様々な波長帯の光、更に言えば波長帯に溢れていたのである。

蛇足

 色は錯覚である

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