毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

西洋の最初の歴史書 ヘロドトスの東西抗争史

 名著で読む世界史

渡部氏は英語学の研究家。本書では「歴史において、『革命的な知の光』を示したと思われる人たちの十二の著作」を解説。第1章がヘロドトスの「歴史」。

ペルシャ戦争(Wiki)

BC499-BC449の三度にわたるアケメネス朝ペルシャ帝国のギリシャ遠征をいう。「ペルシア戦争」とは、ギリシア側からの呼称である。戦争の経緯についてはヘロドトスの「歴史」がほぼ唯一の資料である。

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青:ギリシャの対ペルシャ連合   グレー:中立地域  黄:アケメネス朝ペルシャ

 

 ヘロドトスの「歴史」

ヘロドトスですが、彼は小アジア(現在のトルコ領)南部のギリシア人植民地であったカリア地方のハリカルナッソスという町の名家の出身です。(ヘロドトスが)アテネに滞在した頃は、アテネ全盛期のペリクルスの統治する時代でした。ペリクルスの時代というのは、アテネの一番いい時代、民主政治の行われていた時代ということで、そうしたアテネの文化の精神的な影響を受けていたであろう事は十分考えられます。(16ページ)

ヘロドトスの視点

ヘロドトスが「歴史」に記したのはペルシャ戦争で、ペルシャ軍の侵攻とそれを迎え撃ったギリシャとの戦いについて書いたのです。これを簡単に言えば、東西抗争史ー東のペルシャと西のギリシャの争いの歴史ということになります。こうした歴史は西欧社会では初めてのことでしたので、ローマ帝政期に活躍した政治家であり、ラテン語文の名手でもあったキケロは、ヘロドトスのことを「歴史の父」と呼びました。ヘロドトスの歴史は、公平な世界史的な視点で書かれたといってもいいと思います。それというのもアテネに頼まれたわけでもなく、(中略)戦争を自分のギリシャ人的関心から見て、それを記したわけです。(23ページ)

ペルシャ戦争はなぜ起きたのか?

結局、なぜギリシャが闘ったのか、従属を条件に名誉ある平和をやろうとういわれても、それを蹴ってペルシャの大軍 と戦ったのは、自分たちは自由の民であるという矜恃がギリシャ人にはあったからだとヘロドトスは見たのだと思われます。ギリシャ人は、自分たちは自由の市民であるということを自覚していて、ペルシャがどんなに強大な帝国かはしらないけれども、それは国王と奴隷の国だというような見方をしていたのではないかと思います。後世から見て非常に重要なことは何かといえば、ペルシャとギリシャの戦いを、絶対主義国家と自由を重んずる市民の国 との戦いであったということが、浮かび上がってくるような書き方をしていることであろうと思います。(25ページ)

ヘロドトスの歴史が西洋の歴史の粗となっている事は確かです。(14ー28ページ第1章から再構成)

蛇足

ヘロドトスが西欧文明の「坂の上の雲