毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

哲学的思考のパワーを実感し、哲学的思考を活用する事を考える~今から80年前に出版された「銀河の世界」の本から

銀河の世界 (岩波文庫)

エドウィン・パウエル・ハッブル(1889年- 1953年)米国の天文学者。我々の銀河系の外にも銀河が存在することや、それらの銀河からの光が宇宙膨張に伴って赤方偏移していることを発見した。近代を代表する天文学者の一人であり、現代の宇宙論の基礎を築いた人物である。(Wiki

 

本書はハッブル自身が1935年にイェール大学で一般向けに行われた講座を基礎としている。

 
1750年トーマス・ライトは天の川銀河の概念を確立、そしてその先も、、

星は太陽のようなものだと仮定され、その距離はその見かけの暗さから見積もられた。この方法を使って、孤立して存在する恒星集団としての銀河の概念が成立した。しかし、ライトの推測は天の川銀河を越えて広がっっていった。宇宙の中でただ一つの銀河があることは、彼の哲学的な心を満足させなかった。彼は、他の同じような系を想像し、「銀河」と呼ばれる未知の雲があるはずだと考えた。

イマニュエル・カントは更にそれを系外銀河と宇宙の構造へと拡張させた

カントの所見は、一様性の原理に基づいた理想的な推測の素晴らしい例である。

ハッブルはカントを引用して)「私たち自身の銀河との類似性、その形が私たちの予言通りであること、その距離が非常に遠いことを意味するその光の暗さ、これらは、すべて驚くほど調和しており、一致してこれらの楕円の斑点(系外銀河の事)は私たちの天の川銀河とよく似た者であるあるという考えに私たちを導く。そしてもし、類似性と観測結果が一致して支持しているこれらの仮説が、形式的な論証と同じ長所を持つならな、これらの系の存在は論証されたものと考えなければならない、、、巨大な領域が発見を待っており、観測だけはその鍵を握っている。」・・・後世、島宇宙理論と呼ばれることになる仮説は、哲学的な憶測の中に不動の地位を獲得した。(51ページより再構成)

島宇宙は推論から始まった

銀河がどんな状態にあるかは、よくわからなかった。というのは距離が全然わからなかったからである。銀河は比較的近い天体かもしれず、従って天の川銀河の一員かもしれなかった。または非常に遠い、銀河系の外の天体で遠宇宙の住人かもしれなかった。この時点で銀河の研究の発達は、島宇宙の哲学的な仮説と接触した。この仮説は、現知的には銀河までの距離の問題の一つの答えを示していた。(55ページ)

1923年ハッブルがアンドロメダ星雲にセファイド変光星を発見

2.5mの望遠鏡でアンドロメダ星雲の中に、2つのセファイド変光星を見つける。セファイド変光星の変光周期と絶対光度は強い相関関係を持っている事が知られており、絶対光度がわかれば距離も計算できる。ハッブルはアンドロメダ星雲が天の川銀河の外の系外銀河である証拠を手に入れた。

 

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アンドロメダ座大銀河 | SPACE INFORMATION CENTERハッブル以前の時代、アンドロメダまでの距離は分からなかった!

カントとハッブルの間には175年の時間、カントの思考を観測が追いつくのに要した時間である。そして宇宙空間にあるハッブル宇宙望遠鏡によって、1994年もっとも遠い銀河の中のセファイド変光星観測に成功する。この観測により宇宙の距離がより正確に測定さる事となった。今からわずか10年前の事である。天文学では理論を観測が追いかけていく。「理論と観測が出会う時」、80年前に書かれた本書のテーマであり、それは今も進行中である。

蛇足

175年前、系外銀河までの距離が不明の中、思考力だけで着想された。