毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

コペルニクスの発見には種本があった!?~科学史は150年前に西欧的視点で構成されている事を知っておく

失われた発見―バビロンからマヤ文明にいたる近代科学の源泉

 

ディック・テレシ氏は米国の科学雑誌の創刊などを行ったサイエンス・ライター。

 

「西洋のものとされてきた科学の大発見は、遥か以前の非西洋世界で生まれていた。私が受けた教育では、無視すべきものとされていた諸々の民族が4千年の間になし遂げた科学上の発見を数々見いだした」

 

現代の偉業である西洋科学の出発点

 

西洋史でもっとも重要な科学上の業績は普通、死の床で「天体の回転について」を出版したニコラウス・コペルニクスによる発見とされる。科学史家のトーマス・クーンは、ポーランドに生まれたこの天文学者の業績を「コペルニクス革命」と呼んだ。これは最終的に中世に幕を弾く出来事だった。宗教から科学への、ドグマから啓蒙された世俗主義への移行である。

 

コペルニクス革命の西洋的科学史の捉え方

 

私達は学校で次の様に教わった。16世紀に、コペルニクスは太陽系像を変革した。2世紀のギリシャの天文学者プトレマイオスの仕事を修正し、太陽系の中心に地球の代りに太陽を置いた。太陽中心の体系を構成することによってコペルニクスは、西洋と東洋、科学的文化と呪術や迷信の文化の分離をもたらした。(3ページ)

 

コペルニクスの業績に関する今日的評価

 

コペルニクスは当時利用可能であった数学を用いて、この新しい惑星系を組み立てることができたのであり、コペルニクス革命は、ユークリッドの「原論」やプトレマイオスの「アルマゲニスト」の様なギリシャの古典を新たに創造的に応用することによってなし遂げられたと考えられていた。ところが、この考えは、1950年代終わりに崩れはじめた。(中略)その結果、天文学を革命的に変えるためにコペルニクス古代ギリシャ人が考え出したのではない定理を二つ必要とした事がわかった。

 

コペルニクスの業績にはイスラム数学の二つの定理が必要

 

今ではトゥーシー対と呼ばれている定理で、(中略)それは円運動から直線運動がどの様に生じるかということだった。(中略)天球を適当に配置すれば、どのように周転円が従円のエカレントのまわりを一様な速さで運動しうるか、この定理で説明できる。

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ナスィールッディーン・トゥースィー - Wikipedia

 

 

コペルニクスの体系に見いだされるもう一つの定理は、1250年より前にこれを唱えた科学者、ムヤイヤド・アル・ディーン・アル・ウルディにちなんで、ウルディ補題と呼ばれる。これは長さの等しい二本の線分の方向がそろっているなら、四本の線は平行四辺形を形づくる。(6ページより再構成)

 

重要な事実はアラビア天文学者が先に考えていたという事

 

コペルニクス革命で用いられた新しい数学は、ヨーロッパ人のものではなく、イスラム教徒の頭の中で最初に生まれたものだ。科学的な観点からみれば、コペルニクスが剽窃者であったかどうかは重要ではない。証拠は状況証拠であり、コペルニクスはこの二つの定理を独自に考えついたかもしれないのは確かだ。しかし、二人のアラビア天文学者に先を越されたのは確かだ。

 

西欧における科学史の捉え方~150年前に成立

 

科学は紀元前600年ごろ古代ギリシャで生まれ、数百年にわたって栄えた。だが146年頃、ギリシャはローマに取って代わられた。このとき、科学は立ち往生してしまい、長らく休眠状態にあったが、1500年ころ、ヨーロッパのルネサンスで復興した。(中略)科学はギリシャの地で誕生したが、消滅してしまい、ルネサンスまえそのままであったという仮説は、簡潔に書き記すとばかばかしく見える。これは比較的新しい説であり、150年ほど前にドイツではじめて唱えられたもので、それとなく私たちの教育に埋め込まれている。非ヨーロッパ文化がおこなったと認められている貢献は、イスラムのものだけだ。アラビア人は中世を通じてギリシャの文化と科学を生かし続けた。筆記者・翻訳者、管理者を務めた。但し、独自の科学を創造しようとは考えなかったというのだ。(8ページ)

 

 

 

我々の受けてきた教育は150年前に成立した西欧科学史の文脈で説明される。従ってコペルニクスによって地動説は確立したと学習する。本書は米国人によって書かれ、西欧科学史においては非西欧文化圏の影響は矮小化されている事を明確にしている。現在の西洋科学は世界で匹敵するもののない偉業である、それは4千年の人類の歴史の集大成であり西洋社会のみがその成立に貢献した、というのは正確な表現とは言えない事が明らかである。

 

蛇足

 

本書でインフレション理論の引用がある。そこに佐藤勝彦氏の名前は引用されていない。西欧的視点の意味を体感する。