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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

GDPとは人間の感情の総和である~『人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長』吉川 洋氏(2016)

人口と日本経済 - 長寿、イノベーション、経済成長 (中公新書)

 吉川氏はマクロ経済学の研究家、人口減少が進み、働き手が減っていく日本。もはや衰退は不可避?そんな思い込みに対し、長く人口問題と格闘してきた経済学は「否」を突きつける。(2016) 

 

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CPIでは新しいモノ・サービス=プロダクト・イノベーションが採用され、需要の飽和した商品は外される。

 

GDPが増えるとはどういうことか?

人間の営む経済活動を物理現象として見るならば、運動エネルギー、位置エネルギー、熱、電気エネルギーなどすべてのエネルギーを考慮にいれるかぎり、何をやってもエネルギーは不変だ、それなのにGDPは大きくなっていく。・・・GDPは1年間にわれわれが作り出すものやサービスの「価値」を価格で評価し、足し合わせたものにほかならない。価値の基準として使われる価格は、人間の主観的な評価を表す。例として料理を考えてみよう。食材にどのように熱を加え、調味料を変えたところで、エネルギーは不変だ。しかし、できあがった料理につく価格は千差万別である。われわれ人間が高い価格を払ってもよいと思うほど「旨ければ」、高い価格がつく。逆に人々の評価が低ければ、価格は低くなる。GDP、そのもとにある価格とは、人間がモノやサービスに対して主観的につける点数なのである。こうした意味で経済はまさに「人間本位」である。(149ページ)

どうして成長率は鈍化するか?

既存の財やサービスに対する需要は必ず飽和する。法則と呼ぶべきこの事実こそが、先進国の成長を抑制する根本的な要因である。はじめは需要、それに伴って生産量が高い伸びを示しても、いつしか必ず成長率は鈍化する。成長の鈍化どころか、極端な場合には、シュンペーターの「創造的破壊」により淘汰され、消えていくモノやサービスすらある。(151ページ)

経済成長は継続するか?

(日本の高度経済成長は)人々が求めた耐久消費財の普及、農村から都市への人工移動、その結果として生まれた世帯数の増加、これらはいつの時代にもありうる「無色透明」なものではなく、1950年代から60年代の日本の経済社会にとってたった1回与えられた「歴史的」な条件である。(84ページ)

先進国の経済成長は、人の数で決まるものではなく、イノベーションによって引き起こされる、ということである。(91ページ)

企業が果たすべき役割

日本の企業が潜在的な需要に応えられるような(新しいモノやサービスを生み出す)プロダクト・イノベーションを成しうるか、である。(年間2%成長を続けていけば)35年後の日本人は、現在の2倍という高い購買力を持っている可能性が高い。そうした高い購買力を持つ彼らは、いったいどのようなモノやサービスを求めるのか?(187ページ)

人口と日本経済

本書の主張を一言で要約すると「人口が減るから経済成長は無理という論理は正しくない」(193ページ)。1950年代日本は高度経済成長に湧いた。電化製品という新しい製品群が人々の需要を喚起した。経済成長、GDPの成長は、人々が電化製品を欲しいという欲望が数値になったものである。その電化製品も普及が終わると需要は飽和する。

今から見れば電化製品の普及は必然だが、その当時は新しいモノ・サービスであるプロダクト・イノベーションであった。

企業は常にプロダクト・イノベーションを探し続けなければならない。それが人の感情を動かし、経済を成長させる。人口が減ろうともGDPの数字を増やすことができる。

蛇足

GDPは人間の感情の総和

蛇足の蛇足

電卓は1980年消費者物価指数(CPI)に採用され、2000年CPIから外れた。

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