常識という名の拘束を断ち切れ~『空気を読んではいけない 』青木真也氏(2016)
青木氏は現役の格闘家、 中学柔道部では補欠だった青木真也が、日本を代表する格闘家になれたのには理由がある。(2016)
欲望を整理する
僕みたいな才能に恵まれていない人間が一流を目指すのであれば、生活から贅肉を削ぎ落として、極力シンプルにするしかない。何が要らないかをハッキリさせるしかない。(69ページ)
多額のお金を稼ぐことを成功の物差しにすると、際限がなくなり、自分の首も絞めてしまう。世界の格闘界を見渡せば、ボクシングで“世紀の一戦”を戦ったフロイド・メイウェザーとマニー・バッキャオがいる。二人はたった1試合で、300億円を超えるファイトマネーを稼ぎ出してしまった。いくら稼いでも上には上がいる。お金を成功の証にする限り。いつまで経っても幸せを掴めない。(72ページ)
もしも本当に強くなって格闘技1本で食べていきたいならば、エネルギーを投下すべきとところは間違いなく格闘技だけだ。それ以外に費やす時間と金は無駄遣いでしかない。・・・お金も時間も限りがあるのだから、せめて頭角を現すまでは、すべてを格闘技に捧げるべきだ。(77ページ)
独自のスタイル
周囲に流されることなく、常に隙間を探し、新たな技術を追い求め続けてきたことは、結果的に僕の選手としての市場価値にも繋がっている。総合格闘技家として、僕以上に特徴的な寝業師は、世界を見渡してもいないのではないかと思う。・・・他に比較対象のない特異な戦い方をするので、格闘技イベントの主催者も、不可欠な選手と見なしてくれる。(31ページ)
先入観にとらわれず多ジャンルに積極的に挑戦することは自分の幅を広げてくれると考えているからだ。・・・人は食べるものによってその身体が変るように、格闘家は触れる上場と経験によってその強さが変ってくると思っている。(117ページ)
他人の幸せにのらない
僕から見ると、多くの人は不要な人やものを抱え込み、自らの価値観を見失っているように思える。隣の芝生が青く見えてしまって、何が自分にとっての幸せなのかぼやけてしまっていないだろうか?
・・・
僕は格闘技をやること以外に幸せはない。他の人が欲しがるようなものは何も欲しくはない。少しでも今の生活を長く続けたいからこそ、真摯に全力で取り組んでいくつもりだ。
最後に一言、幸せに生きることは難しいことではない。「空気」なんか読まずに、自分で人生を選べばいいだけだ。(151ぺージ)
空気を読んではいけない
青木氏は2015年大晦日のビッグイベントで勝利した現役の格闘家である。彼は現役でありながらもその半生と生き様を語る。青木氏は「選手としての才能に恵まれていなかった」と断言する。中学では柔道の補欠、強くなりたいがために学校とは別のクラブチームにも参加して頭角を現す。他人と同じことをやっても同じ結果しか得られない。凡人が周りと同じ同調圧力に抵抗しなければ、凡人は価値のない空気の様な存在になるしかない。
総合格闘技とは正に資本主義の世界でもある。選手の価値は最終的にはファイトマネーという金額に換算される。青木氏はお金を目標とはしないが、価値尺度を上げることにはこだわる、という。
青木氏は格闘技にすべての時間とお金を使っている。そこには自らの幸せは自ら決める、という強い意志がある。青木氏は格闘技にフォーカスする過程で、他人から見れば常識外の行動をする。「空気を読まない」常識外の行動こそが青木氏を強くした。
蛇足
常識という名の拘束を断ち切れ