毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

あなたは何にサインアップしていますか?~『超マシン誕生 新訳・新装版』トレイシー・キダー氏(1981)

超マシン誕生 新訳・新装版

1982年のピューリッツァー賞(ノンフィクション部門)を受賞した、ハードウェアとファームウェアを中心としたコンピュータ開発についてのベストセラー・ノンフィクション。

著者のトレイシー・キダー氏はノンフィクションライターとしてデータゼネラル社の新規32ビット・ミニコン開発チームに密着する。この“イーグル”を率いたのがウェスト氏、彼と彼の右腕のアルシングに1年半密着して本書が生まれた。(原書は1981、翻訳は2010)

 

イーグルチームがリクルートをする

 「実はね」とアルシング(ウェストの補佐役の一人)は(新卒の入社希望者に)言う。「うちの会社じゃテクノロジーの最先端を行くマシンを開発していて。ハードウェアのツールもすべて新規に設計するんだ。」…「きつい仕事だよ」とアルシングは切り出す。「君が採用されたら、ひねくれ者とかプライドの高いやつが大勢いる環境で働くことになるけど、あいつらについていくのはたいへんだよ。」…「仕事はすごくたいへんだし、勤務時間もすごく長くなるよ。半端じゃない“長時間”の労働を覚悟してもらわないとね」。…「うちのグループや、新卒の中でも、うんと優秀な人間しか採用しないんだ。」

すべての採用試験が終わったあと、アルシングはこう言った。「よくわかんないけど、あれは特攻隊の採用試験みたいなもんだな。採用されれば死ぬんだけど、栄光のうちに死ねるっていう意味でね」。(92ページ)

ピンボール理論

大事なゲームとは「ピンボール」だった。これはウェストがつくった用語で、古参のメンバー是全員がそれを使っていた。「一ゲーム勝てば、もう一ゲーム遊べる。このマシン(の開発で)勝利すれば、次のマシンをつくらせてもらえる」。重要なのはピンボールだった。(295ページ)

ウェストがサインアップしたもの

ウェスト自身がサインアップしたのは、チームが責任を全うしたら、イーグルが世に送り出され、大成功を収めて、株式や名声やもう一度ピンボールをプレイする自由という褒章がチームに与えられるように取り計らうためだった。(358ページ)

プロジェクトを俯瞰してみれば

資源獲得競争が社内のチーム内に起業家精神を奮い起こし、それが上層部から課せられた制約によって正しい方向へ向けられた。だが、技術者のグループがコンピュータをつくることに高揚感を覚えたと言ったほうが実情を正確に反映しているように思える。(350ページ)

工業化社会におけるモチベーション

本書を執筆していたとき、わたしの頭を占めていたのは、工業化したアメリカが、頂点に立つ経営者以外の人々に面白い仕事を提供できるのかという問題、わたしが観察していたプロジェクトのようなものの成果を含む現代のテクノロジーが職人技を活かせるあらゆる機会を奪っているのではいかという問題だった。(15ページ)

1年半にわたる密着取材

 

わずか1年半で、コンピュータを開発する、そのうえ社内では本命プロジェクトの当て馬という位置づけである。十分な開発予算も与えられず30名近くのエンジニアが寝食を忘れ開発に没頭する。

本書の主人公ウェスト氏は“サインアップ”という。サインアップとは「プロジェクトの成功に必要なことは何でもやることに合意したことになる。必要とあらば、家族も趣味も友人も犠牲にすることを約束したことになる。」(87ページ)

本命プロジェクトは頓挫し、社運のかかる中で1年半後見事完成させる。プロジェクトの最中はコンピュータ史の最先端を疾走していると感じる。1年半の報酬は金銭的報酬だけでは説明できない。ウェスト氏はピンボールと呼んだ。成功すれば次のゲームができる権利が与えらえる。更に言えばコンピュータの開発は知的好奇心を刺激し、成功すれば全能感が得られる。

本書はコンピュータの開発を通じ、人は本質的に何によってモチベ―トされるのか、を考えさせる。困難な環境と複雑な仕事を喜びとする人々が間違いなく存在する。

30年たった今日でも何も変わらない。

蛇足

 自らサインアップするとき、最高のモチベーションが生まれる

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