羅針盤は中世の魔術をルネサンスの自然科学に変えていた~『磁力と重力の発見』山本 義隆 氏(2003)
山本氏は科学史の研究家、「遠隔力」の概念が、近代物理学の扉を開いた。(2003)
ロジャー・ベーコン「大革新」の表紙(1620)
「世界の周航と知識の増加は同じ時期に起こることが神の摂理で定められている」
大航海時代
コロンブス以降、16世紀の堰をきったような海洋探検によってヨーロッパ人は、アリストテレスやプトレマイオスの知らなかった世界を発見し、古代人のまったく知らなかった土地や人種や動植物を眼にしたのである。・・・古代人は絶対的に優れた人間で、世界の真理を神から授かっているという初期ルネサンスの思い込みは、こうして事実によって少しずつ打ち砕かれたいった。(385ページ)
羅針儀と火器と印刷術の発明は、やがてヨーロッパ人を古代崇拝から覚醒させ、逆に新しい学問の可能性を明らかにし、近代のヨーロッパ人に無制限の進歩という観念を植えつけることになるのである。(386ページ)
大航海は地球磁場を発見する
地球磁場の発見は、具体的には、地球の各点で磁針が正確に北を指さないこと、つまりその指す方向が地表の各点で地理的子午線および水平面からずれることの発見を端緒とする。・・・この発見は、磁気羅針儀使用の副産物であり、やがては磁針の指向性が天に由来するものではなく地球に起因するものであるという認識をもたらし、ひいては新しい地球の発見―不活性な土塊としての地球ではなん、それ自体が磁石としての能動的な力能を有した地球の発見-へと導くものであった。(388ページ)
ルネッサンスと科学
ルネサンスの功績はとりわけ遠隔力の受容にとって、魔術の復活は単なる後退ではなく、屈折してはいるが基本的には前進であった。実際この時代、磁力は隠れた力の典型として、もっぱら魔術的・占星術的因果性を裏づけるものとして言挙げられていたのである。(333ページ)
魔術もまた印刷出版業の登場により大衆化・世俗化し、公の好奇の目と批判に晒されるようになり、神秘性は脱色されていった。・・・(16世紀における魔術の実践が近代科学に有した意義は)魔術が脱神秘化した極限で残ったものは、枝葉を端折るならば、実験により自然界の力の種類と効果を探りそれを技術的に利用するという姿勢につきるのである。(603ページ)
羅針儀の果たした役割
羅針儀は大航海を可能にし、ヨーロッパに物理的な地理の拡がりを提供した。と同時に大航海で使われた羅針儀は磁力という魔術が自然な力であり、実験の対象であるという発想を植えつけた。地球のどこも羅針儀で数値化する事ができ、未開の地はヨーロッパの延長線上に認識したのである、羅針儀を使って地球を実験したのである。
更に未知の土地を知る事は古代ギリシャの限界を認識させ、ヨーロッパに時間的な拡張ももたらした。
時間と空間の拡大によって魔力は自然科学へと変貌していく。羅針儀は単に航海のテクニックではなくヨーロッパ人に自然科学と進歩できるという思考法をもたらし、次の科学革命を生む土台となっていたのである。
我々がコンピュータの発展によってビックデータが取り扱う事ができる様になり、未知のデータが様々な知的作業の誘発が期待されているのと同じ事かもしれない。
蛇足
羅針儀は人々の思い込みという限界を解き放った。
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