毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

ちょうど100年前、夏目漱石は熱く「クリエーター宣言」を語っていた~「私の個人主義」

漱石文明論集 (岩波文庫)

 

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1914年11月25日、夏目漱石学習院大学で行った講演「私の個人主義」より。

留学先ロンドンで考えた事

私は下宿の一間の中で考えました。詰まらないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足しにはならないのだと諦めました。・・・この時私は初めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力でつくり上げるより外に、私を救う道はないのだと悟ったのです。今まではまったく他人本位で、根のない浮き草のように、其処いらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事に漸く気が付いたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んで貰って、後からその品評を聴いて、それを理が秀もそうだとしてもそうしてしまういわゆる人真似を指すのです。(112ページ)

自己本位に拘る

私はそれから文藝に対する自己の立脚地を固めるため、固めるというより新しく建設するために、文藝とは全く縁のない書物を読み始めました。一口でいうと、自己本位という四文字を漸く考えて、その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索に耽り出したのであります。(114ページ)

日本オリジナルな文学を創る

自白すれば私はその四文字(自己本位)から出立したのであります。・・・そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべかざる理由を立派に彼らの前に投げ出してみたら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著者その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯の事業としようと考えたのです。(116ページ)

私の個人主義

夏目漱石は日本近代文学の父と言われる。ロンドンでノイローゼになるまで考えた結果、西洋の模倣では意味がないという事を自覚する。「自ら文学を創る」という覚悟である。そしてその為には、自己本位、自分のやりたい事を追求する事、自分しか頼りにしない事、によってのみ実現できると確信する。夏目漱石は狩野亭吉に宛てた書簡で「今までの己の如何に偉大なるかを試す機会がなかった。己を信頼した事が一度もなかった。・・・妻子や、親族すらあてにしない。余は余一人で行くところまで行って、行き尽いた所で倒れるのである。」と記す。夏目漱石は、自己を確立した個人として、日本近代文学のスタイルを確立した著述家として、二重の意味でスタイルを確立した先達だったのだ。

我々にその覚悟はあるか?

自己本位、我々にその覚悟はあるか?夏目漱石は小説という文体と小説家というプロフェッショナルの確立に一人で取り組んだ。今から100年前、漱石アバンギャルドなクリエーターだった。

蛇足

他人に頼らない覚悟

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