多層化された世界観とネット評判社会~IT技術が安心と信頼の仕組みを変える
信頼社会から、新しい安心社会へ?ネットオークションの仮想世界に見る近未来の姿と、山岸俊男「信頼の構造」理論の新たな展開。
信頼と安心
相手は良い人である、信頼できる人であるという、相手の人間性についての信念のゆえに安心してある相手とつきあうことをここでは、本愛の意味での「信頼」と呼んでおこう。それに対して、相手が(嘘つきでも嘘をつけない)針千本マシンを装着されていることがわかっているので、安心してその相手とつきあえることを、ここでは、信頼ではなく、「安心」と呼ぶことにする。
集団主義的秩序
人々が排他的な集団の中で暮らしていて、よそ者を簡単には受け入れない社会では、そうした集団の中での相互監視と集団からの排除は、(嘘つきでも嘘をつけない)強力な針千本マシンとして機能することになる。本書では、この様な状態を「集団的秩序」が成立している状態と呼ぶことにする。・・・こうした集団主義的な秩序、つまり集団の中でお互いに行動を監視し合い、自分たちの仲間を裏切った人間を集団から排除することで作りだされる秩序は、それを維持するためにそれほど大きなコストを必要としない。・・・こうした社会では、人々のつきあいは主として固定した集団や関係の内部に留まっている。・・・集団主義的秩序を維持するためには、集団や固定した関係の外部に存在する機会を放棄する必要がある。その結果、人々は「機会費用」を支払うことになる。(17ページ)
個人主義的秩序
個人の行動を普遍的な行動基準である法や契約によって拘束することで安心を生み出す秩序を、個人主義的秩序と呼ぶことにする。個人主義的秩序のもとでは、閉ざされた集団ないし関係のなかでの相互監視によってではなく、法の制定と施行によって安心が提供されている。・・・個人主義的秩序はその維持のために大きな取引費用を必要とするが、安心を維持するために集団を閉ざす必要がないため、機会費用を発生させない。(18ページ)
個人主義的秩序を補強する信頼の役割
「信頼社会」とは他人一般に対する信頼の上に作られた、さまざまなチャンスの追求を可能とする社会である。・・・信頼には「関係強化」と「関係拡張」という二つの役割が伴っているという点を理解しておく必要がある。・・・信頼が必要とされるのは、あるいは他人が信頼できるかどうかを考える必要があるのは(嘘をつきたくても嘘のつけない)針千本マシンが用意されていない、社会的不確実性が高い関係においてである。針千本マシンが安心を提供してくれない関係では、相手の人間性、つまり相手が信頼に値する人格の持ち主かどうかを見極める必要があるからである。・・・信頼は固定した関係を新しい関係の形成を可能としてくれるという意味で、「関係拡張機能」を持っていると考えられる。・・・特定の相手との間での取引関係を節約し、つきあいや取引をスムーズにするというのが、信頼の関係強化機能である。・・・相手が信頼できる人間かどうかを見極めるために必要な社会的知性を身につけることである。(36ページ)
ネット評価社会
著者の主張は江戸時代あるいは高度成長期の日本は集団的秩序による安心社会であり、現在は個人主義的秩序の割合が増えてきた社会であると考えている。その結果集団あるいは法によって担保される安心に加え、社会的知性によって判断される信頼の役割が重要になる。安心は集団あるいは法によって担保されるが信頼は個々の知性と経験に委ねられるという事である。本書のタイトルはネット評判社会。ネットの技術により今や取引毎の評価を記録・トレースする事が可能でありその評価を集め更に評価の評価(メタ評価)を行う事で評価の信頼性を担保する事が可能になっていると分析する。社会的知性による信頼性の判断をIT技術による評価システムが代替できる可能性がある事になる。「ユビキタス評価社会によって守られた新しい安心社会」と呼んでいる。簡単に言えば個人に対する評価が集団、法律などによらず個人の記録の蓄積によって成立しうるという事である。これをビッグブラザー的な単一社会で考えれば息苦しさしか覚えない。しかし世界は様々なレイヤーの積み重ねでできていると考えば知らない相手とも取引できる魅力を享受できる事になる。
蛇足
ネット評判社会では人は様々なレイヤーに自我を投影できる。