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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

そうか私も含め誰もが希望難民だったのか!~『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』古市憲寿氏(2010)

 

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)

古市氏は社会学の研究者、「コミュニティ」や「居場所」は若者や生きづらさを抱えた人を救う万能薬なのか?(2010)

 

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近代とは

明治以降、日本はヨーロッパを真似て「近代化」をはじめた。それは、それまでの宗教や身分から解き放たれて、「自由」になった人びとが、競争し、衝突し、富を得ようとする時代だ。国を挙げてみんなが「ナンバーワン」を目指す時代と言い換えてもいい。生まれた場所や身分に関係なく誰もが競争に参加して、成功を夢見ることのできる社会が「近代」である。(27ページ)

近代とはアソシエーション=共同体の時代

目的のない血縁や地縁をもとにした集団を、古典的な社会学では「コミュニティ」と呼んだ。その「コミュニティ」に対比されるのが「アソシエーション」だ。「アソシエーション」とはある目的のために人が集まった企業などの集合を意味する。・・・前近代という「コミュニティ=ムラ」の時代から、近代は「アソシエーション=結社」の時代になったとよく説明される。近代は、この「アソシエーション」の時代だったはずなのだ。身分や階級から自由になった個人が、「お金儲け」のために企業を作り、「教育」のために学校を作り、「平和活動」をするためにピースボードを作る。

アソシエーション=共同体とは?

(ドイツの社会哲学者アクセル・ホネットの整理をフレームワークに整理をするとアソシエーション=共同体とは)一つ目は共同体に所属している人が相互評価の関係にある連帯関係にあること(共同性)、二つ目はその集団内で何かの価値が共有されていること(目的性)である。・・・社会的承認を自分以外の他社からの承認、相互承認を自分の所属する集団からの承認と理解すれば、「目的性」の達成は社会的承認の獲得を意味し、「共同性」の達成は相互承認の獲得だと考えることができる。(48ページ)

後期近代とは

(先進国で近代化が達成されてしまった後)社会はもはや「物語」を与えてくれないから、自分で自分の物語を作らなくてはいけないのが後期近代である。(33ページ)

家族や会社といったローカルな共同体に個人が埋め込まれていた近代と違って、社会の流動性が増す後期近代では、僕たちは常に「私とは何者なのだろう」と悩まざるを得ない。さらに自分のまわりの環境や社会が不変であるとも思えない。「足場」が切り崩されて、「私」というものがぽつんと浮いてしまう状態を想像して貰えばいい。(32ページ)

希望難民ご一行様

本書はピースボードに乗り込む若者を社会学の立場から分析したものである。3カ月間、130円で「ピースボートの船旅は、地球の「いま」の姿にふれ、世界中の人々と交流しながら」世界一周クルーズをすることになる。古市氏はピースボードがアソシエーションとして目的性と共同性を謳いながらも、本質は共同性だけではないか、という分析を行う。我々にとってピースボートが普遍的な目的性を備えているか、否かは重要な問題ではない。大きな物語の存在しない後期近代においてピースボートが明確な目的性を持つと期待することには無理がある。

我々は、家庭、会社、趣の団体、様々な団体に所属している。様々な団体はアソシエーションとコミュニティの性格を少しずつ持つ。しかしそれらの団体はもはや相対的なものでしかない。更に言えば、より明確な目的性と共同性を備えたアソシエーションを多くの人が必要としている。我々は全員が希望難民なのである。我々が気付くべきはこの点である。

古市氏は本書の最後にウェーバーの言葉を引用する。

指導者や英雄でない場合でも、人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意思でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。(274ページ)

後期近代の今でもやっぱり、少しでも大きな共同体が必要なのだ。

蛇足

無ければ、作る

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