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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

主権国家はいつ誕生したのか?~『世界史の逆襲 ウェストファリア・華夷秩序・ダーイシュ』松本太氏(2016)

世界史の逆襲 ウェストファリア・華夷秩序・ダーイシュ

松本氏は駐シリア臨時代理大使、止まらない殺戮の連鎖。人間は野蛮な時代に戻るのか?(2016)

 

 

現在の国際秩序

現在の国際秩序が、1648年以降のウェストファリア体制というヨーロッパ近代の枠組みの中で生まれ、19世紀交換から一挙に世界大に拡がった普遍的規範であるという枠組みからはじめる必要があります。・・・このような国際秩序は、17世紀の30年戦争の後にはじめて生まれた、主権国家からなる国際システムなのです。

30年戦争

30年戦争は、ボヘミアの新教徒とカトリック教徒との間の対立が発火点になりました。当時、ハプスブルグ家の支配下にあったボヘミアでは、新教徒の増大とともに信教の自由が認められつつありました。しかし、フェルディナント二世が神聖ローマ帝国皇位権を継ぐと、熱烈なカトリック教徒であった、フェルディナント二世は、新教徒の弾圧に乗り出しました。・・・30年戦争の結果、神聖ローマ帝国下(現在のドイツ)の領邦の人口はおよそ三分の一まで減少したと言われています。何十年と続くこのような究極のアナーキーに終止符を打ったのが、ウェストファリア条約なのです。(93ページ)

ウェストファリア条約の持つ意味

ローマ教皇の超越的な権威が否定されるとともに、神聖ローマ帝国下の領邦国家の主権と外交権が認められることになりました。また、スイスとオランダも正式に独立を認められました。・・・最も重要な認識は、30年戦争が宗教戦争であったという事実です。その結果として、ウェストファリア体制においては宗教的権威が一切否定されたのです。この新しい体制下では逆に主権国家が宗教をその統制下におきました。・・・この新たな国際システムの基本となったのは、唯一、主権国家であるべきという考え方です。・・・1648年を境として、ヨーロッパの秩序は、ローマ教会や神聖ローマ帝国による秩序から、平等な国家を中心とする秩序へと質的に転換したのです。(97ページ)

ポスト・オスマン症候群

現在まで続く中東地域に拡がる混乱、不安定さ、そして民衆の権利の欠如を「ポスト・オスマン症候群」と名ずけています。そしてその主たる原因が、第一次世界大戦後にこの地域に出現した政治と領域の秩序が正当性を欠いていることにあると指摘しています。この点で、現在の中東の混乱は、ヨーロッパ列強によるオスマン帝国の解体という歴史が残した残滓を、この地域の人々が自ら乗り越えることができるか否かという歴史の挑戦なのです。(153ページ)

世界史の逆襲

我々は主権国家を当然のこととして受け入れている。主権国家は最高の権威であり主権国家同士は平等である、という概念はわずか350年の歴史しか持っていない。今まで主権国家という概念=ウェストファリア体制は鉄壁であったが現在2つの違った価値観があるとう。一つは中国の華夷秩序、もう一つはダーイシュいわゆるイスラム国)。著者は中東地域の外交の実務者であり、中東の混乱を「ポスト・オスマン症候群」と分析する。これから中東は350年前ヨーロッパが行った宗教戦争と同じことを繰り返すのであろうか?あるいはウェストファリア体制が破壊する前のオスマン帝国の様な求心力が働くのであろうか?

また中国は未だ中華思想とウェストファリア体制の整合性を構築できていないと指摘をする。

認識すべきは、世界はウェストファリア体制後の、普遍的価値観を模索している最中である、ということである。

蛇足

主権国家という概念は思ったより新しい

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