そうだ、お土産を買って帰ろう!~『アーキテクチャの生態系: 情報環境はいかに設計されてきたか 』濱野智史氏(2008)
アーキテクチャの生態系: 情報環境はいかに設計されてきたか (ちくま文庫)
濱野氏は情報社会論の研究家、ニコニコ動画はどうして日本で生まれたか?
(単行は2008、文庫は2015)
日本の代表的な動画共有サイトの1つであり、多くの用語や文化を生み出している。 ニコニコ動画の特徴は、配信される動画の再生時間軸上に対しユーザーがコメントを投稿できる独自のコメント機能であり、その他にもユーザーやアップロード者同士が交流できる機能を数多く備えている。(Wiki)
視聴体験の共有
ニコニコ動画は、実際には「非同期的」になされている動画に対するコメントを、アーキテクチャー的に「同期」させることで、「視聴体験の共有」を疑似的に実現するサービスであるということができます。(223ページ)
情報環境そのものを複製
ニコニコ動画は、本来ならば「その場の一回限り」にしか生じることのない「いま・ここ性」を、アーキテクチャーの作用によって<複製>してしまう装置だからです。芸術作品(コンテンツ)が複製可能なのではなく、それを「いま・ここ」で体験するという<経験の条件>が複製可能であるということ。それは情報環境=アーキテクチャーの出現による、「複製技術」のラジカルな(根源的なレベルでの)進化と捉えることもできるでしょう。ですから筆者は、ニコニコ動画は百年単位のインパクトを持ったメディア史的事件であると考えます。(226ページ)
バーチャルお茶の間
ニコニコ動画の疑似同期性は、テレビを再び疑似的に取り戻すということ、すなわち「バーチャルお茶の間」の実現を意味しているということができます。このように、ニコニコ動画の「疑似同期性」は、マスメディアの同期性とインターネットの非同期性の「いいとこ取り」になっています。さらにいえば、この特性は筆者には、ニコニコ動画こそがまさに「通信と放送の融合」、つまりインターネットとマスメディア(テレビ)の融合を実現したように思われます。(229ページ)
お茶の間とは何か?
ニコニコ動画を動画共有サイトとしか見てこなかった。時間も場所も違う所でなされたコメントをまるで「いま・ここ」であるかのように複製している。今やコンテンツは一人一人だからこそ、ニコニコ動画の提供するお茶の間が必要とされる。そこで共有されるのは「いま・ここ」という感情の共有である。
ニコニコ動画は、お茶の間とは何か?を改めて考えさせてくれる。お茶の間でTVを共有していた時代、新聞を共有していた時代、ニュースがお茶の間の共通の話題を提供していてくれた。家庭にお茶の間の賑わいを取り戻したいのなら、ニコニコ動画と同様、お茶の間に「いま・ここ」を複製する仕組みを入れればいい。今日はお土産を買って帰ろう。(いま・ここを再現するネタの為に・・・・)
蛇足
家庭の持つやすらぎとは感情を共有できること
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