毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

広告とは貴方の為に創られたもの!?~100年前に三越呉服店のポスターから

広告の誕生―近代メディア文化の歴史社会学 (岩波現代文庫)

 北田氏は社会情報学の研究者。「広告とはいかに意味の媒体であり続けたかのか」

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1927年主婦之友、広告が雑誌の1/3を占めるまで「散逸」(154ページ)

広告の一般的定義

広告の条件は一般的には以下の3条件を満たすものと定義される。

①管理可能な広告媒体、②非人的メッセージ、③明示された広告主

これを言い換えれると「広告主が料金を払う事によって出稿可能な、口コミ以外のメッセージ」という事。なお本書の解説では「特定の商品の宣伝と販売という明確な意図・動機に基づいて、私企業が不特定多数に向かって発信する陳述の形式」と表現している。

 

ドイツの社会学ベンヤミンの論理に基づいて広告を分析

第一の論点を「広告である/ない」という二項区分(バイナリーコード)の作用をめぐる問題系、第二の論点を受け手の身体性の問題系と読んでおくこととしよう。(18ページ)

 

第一の論点は、広告は都市空間における日常世界に巧妙に滑り込んでくる「集団の夢のイメージ」でありそれを増幅する機能を有するものである。広告であるか、広告でないか、は集団の夢のイメージが表現できているか、表現できてないかと言い換える事が出来る。

第二の論点は「集団」の夢が「個人」の夢に転換するか、あるいは「意味」から「事物」へ転換できるかという点である。一言で言えばある一個人が広告によって購買行動を起こすか、否かという事である。

 

三越美人画ポスター

明治37年(1904年)三越の専務日比翁助の先導のもと、「商品飾付け万端最新の改良を加えご来客様方に一層の美感を生じ愉快にお買物遊ばされ」ることを謳う「デパートメントストア宣言」を掲げ、「美観」「意匠」といったイメージ構成にかかわる伎倆を商品世界の論理と結びつけていった三越呉服店の存在である。(86ページ)

 

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第20回「広告の社会学―「純粋広告」の誕生」 | JMAリサーチ道場

美的な価値に裏打ちされる「作品」としてポスターを受け止めること、「作品」が一定のオーラを持ち受け手との間に懸隔が存在していること、にもかかわらず、それは手に届かない大文字の美術作品であってはならず、あくまで居酒屋や湯屋、駅の構内といった世俗化された公共空間で、今だ「良き趣味」を体得していない大衆によって見られるべきものである。(101ページ)

 

散逸する広告

著者は「広告はどこにでもあることができるし、またどこにもないということができる」(12、そして「広告を受容するコンテクスが、徹底して我有化されていく」(129ページ)、これを散逸する広告と説明する。

 

当時の三越呉服店(!)のターゲット顧客は東京山の手の給与所得者という新たな階層。三越はこの階層に対し啓蒙していく事を考えていた。三越は商品を売る前に三越で買い物をするという夢を売ろうとした。

蛇足

100年立つとディテールが消え、論理的フレームワークが浮き彫りになる。