毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

世界で一番有名な日本の絵はどうして有名になったか?~勝利の方程式

 100のモノが語る世界の歴史3: 近代への道 (筑摩選書) 

マクレイガー氏は大英博物館長。「 すべての大陸が出会い、発展と数々の悲劇の末にわれわれ人類がたどりついた「近代」とは何だったのか──。大英博物館BBCによる世界史プロジェクト」

日本の絵画で最も有名な作品

「神奈川沖浪裏」(英語では大波と呼ばれる)もそのように解釈されることがある。ベストセラーとなったこの木版画は、1830年頃に偉大な壊死、葛飾北斎が制作した「富嶽三十八景」の一枚である。大英博物は三枚の「神奈川沖浪裏」を所蔵している。

 

British Museum - Hokusai, The Great Wave

 

日本当時鎖国、それでも外国の物は入ってくる

「神奈川沖浪裏」の物理的成分と絵画的構図を注意深く見ることで(海外の影響が)明確にわかる。ここには伝統的と思われる日本の風景が見える。巨大な波が細長い無甲板の漁船の上に逆巻いて押し寄せ、漁師たちを小さく見せているだけでなく、遠くにある富士山ですら矮小化している。この版画 はA3より少し小さいサイズの伝統的な和紙に摺られている。

 

西洋からの影響①プルシアンブルー(顔料)

画面の大部分を占め、はっとさせられるのは、濃い、深い青である。これは日本の青ではないからだ。プルシアンブルー、もしくはベロリン藍と言われる、十八世初頭にドイツで開発された合成顔料で、従来の青よりずっと色が褪せにくい。(中略)「神奈川沖浪裏」の青さは、日本がヨーロッパから望ましいものは採用したことを、それも揺るぎをない自信をもって取り入れたことを示す。富嶽三十八景のシリーズが広く知られるようになったのは、一つにはその摺りに使用された異国風の美しい青ゆえだった。極めて異国的であった為に珍重されたのだ。

 

西洋からの影響②遠近法を活用した構図

北斎が西洋から取り入れたのは色だけではない。彼はヨーロッパの伝統的な遠近法の技法を拝借し、富士山をはるか遠くへと押しやった。彼はヨーロッパの版画を研究していたのは明らかである。版画はオランダ人によって日本に輸入され、画家や収集家の間に出回っていた。したがって「神奈川沖浪裏」は日本の神髄であるどころか、ヨーロッパの素材と伝統技法が日本の感性と融合したハイブリッドの作品なのである。この絵がヨーロッパでこれほど受け入れられたのは無理もない。これは異国風の親戚であって、赤の他人ではなかったのである。

GreatWaveのもたらしたもの

日本の版画は大量にヨーロッパに輸出され、そこですぐさまホイッスラー、ファン・ゴッホ、モネなどの画家によって見出され称賛された。ヨーロッパの版画 に大きく影響を受けた日本 の画家が、今度はヨーロッパ人に影響を与えたのだ。ジャポニズムは大流行し、欧米の芸術伝統のなかに吸収されて、二十世紀に入ってもなお美術や応用美術に影響をおよぼし続けた。

 

神奈川沖浪裏が西洋でどう解釈されているか、ストレートに認識できる。現代美術の村上氏が著書でアートを志すはアートの歴史をきちっと認識するべきだと主張されている。そして日本の絵画で本当に評価されているのは神奈川沖浪裏だけだと。村上氏は神奈川沖浪裏に「西洋の文法で作られた日本のアート」というロジックを見いだした。

 

蛇足

 

違った物に共通項あるいはハイブリッドを見出す、そこに価値が生まれる