毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

「謎とき 村上春樹」

 謎とき村上春樹 (光文社新書)

石原氏は夏目漱石の研究家。

石原氏が村上春樹氏の「風の歌を聴け」から引用した文章を2つ引用する。

「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」(18ページ)「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」(54ページ)

 石原氏はあとがきで「僕がこの本で書いた様な読み方で読んだ功績の半分は村上春樹に帰せられるだろう。」と書いている。石原氏が村上春樹文学を論じ、これを私が「読んだ内容を表現する」だけでは意味がない。

石原氏の延長線上で私は村上春樹氏の「羊をめぐる冒険」(1982)のアウトラインを作ってみた。

29歳の主人公「僕」が巻き込まれる形で「行って帰る構造」の冒険に出る。「僕」は冒険の結果社会との関係性を確立する。小説の中では社会との関係性が哲学者ヴイトゲンシュタインのフレームを使って言葉と時間をモチーフに暗喩されている。

人類がストーリーを語り始めて何年立つのであろうか?様々なストーリーが作られ語られてきた。それでも人がストーリーに新しさを求め、新しさが作られるのはそこに自己と環境・時代の投影を見出したいからなのであろう。