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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

将来自動車運転は乗馬の様なスポーツに戻るのかもしれない¥~『 サイエンス異人伝 科学が残した「夢の痕跡」』荒俣宏氏(2015)

 サイエンス異人伝 科学が残した「夢の痕跡」 (ブルーバックス)

荒俣氏は作家、 発明品と発明者の伝記を読み解く(1995年単行、2015新書)

 

路上の交通機関

路上の交通機関は、19世紀後半に、ひとつの黄金期を迎えていた。まず、馬車であるが、パリやロンドンでは1828~1829年を境として、市内に乗り合い馬車のネットワークが完備し、通勤通学や買いものなど市内の便利な足として利用された。・・・いっぽう、長距離の大量輸送システムは蒸気機関車の独断場だった。1830年にはイギリスで初の鉄道網が成立し、ガソリン・エンジンによる自動車が発明される1885~86年当時のドイツでも、4万キロメートルの鉄道網に達していた。(151ページ)

初代ベンツは自動自転車

ガソリン・エンジン自転車が、ベンツの手で完成され、翌1886年に公開試運転がおこなわれた。時速12キロで約6キロの距離を走ったといわれる。

そしてここに、物や人を運ぶ輸送機関ではない、純粋にスピード感を楽しむための、“乗る娯楽”が登場することになった。それはまさしく、乗馬と馬車のあいだにある差に比較できるのである。自動車は、輸送機関として生まれでる必然性をもたなかった。ただ乗馬のように自分で乗り回せる楽しみを与える機械―すなわち自動自転車として再出現したのである。(158ページ)

電動自転車は乗馬に近いスポーツだった

自動車に付きもののスタイリングは、本来、馬車のような実用輸送機関から借りてはいなかった。1885年当時イギリスに普及していた三輪車のスタイルは通称“ケンタウロス・トリシクル”と呼ばれたように、半人半馬の神話的怪物ケンタウロスをモデルにしていたのである。

初期の自動車がいわゆる“レーシング・カー”として売り出され、はやばやと自動車レースがヨーロッパの話題になった理由も、そこにあった。現在もなお、その痕跡は確実に残されている。F1をはじめとするスピードレースが自動車産業最大のプロモーションとなっていることが、なによりその証拠であろう。(160ページ)

サイエンス異人伝~ベンツの祖先は自転車だった

ベンツが誕生した当時、交通機関は鉄道、馬車、更には自転車によってネットワーク化されていた。自動車は信頼性、そして何よりインフラが整っていなかったことから他の手段に比べ必ずしも競争力が無かったのである。それでは最初の訴求ポイントは何であったのか?乗馬と自転車の中間の様な、乗ること自体とスピードを愉しむスポーツとしての需要がスタートであった。

f:id:kocho-3:20170113151951p:plainCorporate history - Mercedes-Benz

 

ビジネスで言うと最初のアーリーアダプターの用途はスポーツであり、その後信頼性と自動車に対する社会インフラが整備されたことで実用輸送機関としての能力を備えていった。

先端技術が最初のディマンドを獲得する事例でもあり、昨日の贅沢品が今日の必需品になるという法則の事例でもある。そして未だに多くの自動車メーカーがfun to driveなど、運転する愉しさに訴求している理由もここにあった。なぜ世界初の自動車が三輪車なのか、多くのことを教えてくれる。

蛇足

自動車は将来、乗馬の様なスポーツにまた戻るのかもしれない。

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