人が一番伝えたい情報とは何か?~中国皇帝が寵愛した書に学ぶ
古屋氏は中国を中心とする国際関係論の研究家。本書は1998年の出版。「アジアの秘宝の声が聞こえる! 台北故宮博物院の秘宝陶磁器・玉器・青銅器・工芸・文房・書画58点の選りすぐった名品をかろやかにエッセイで紹介。」故宮の収蔵品から8本を紹介、 祭姪文稿はその一つ。
國立故宮博物院 National Palace Museum
赤い印章は歴代皇帝が賛美する為に押印したもの、今でいう「いいね!」
祭姪文稿
顔真卿(709ー785)は皇帝に従い、内乱鎮圧の戦いを指揮する。この戦いで顔真卿とともに戦った甥の顔李明が、反乱軍に捕らえられ、殺害された。のちにそれを知った顔真卿は、李明の首骨を探し出し、丁寧に葬った。その時にの哀悼文がこの祭姪文稿である。
全文268字のうち、塗り潰された文字が34字もあるのは、顔真卿の心の乱れを示すものであろう。ところどころに涙の跡が残っているような気分にさせられる。
顔真卿
顔真卿は、将軍といいながら、進士として調停に仕えた読書人であった。代々、書をよくする家系に育ったという。「拙にして巧、円にして直、雄強豪放、端壮肥厚」と証されるように、肉厚のある伸び伸びした書体は、正に顔真卿の剛直な性格をそのまま表している。
顔真卿のその後
この祭姪文稿が人々に愛されるのは、その書体や哀感あふれる文章のせいだけでない。実は顔真卿の死に、大義を思うからである。
持ち前の剛直さが災いして時の宰相らと対立、権力闘争の渦中の人となってしまう。時の宰相は顔真卿を亡き者にしようと謀り、顔真卿に不可能とわかりつつ、内乱の交渉に当たらせた。本人は周りが陰謀だからと止めるのを振り切り交渉に当たり、交渉相手から反旗を翻す様にとの誘いにも関わらず君主の大義に死を選んだ。
顔真卿は、玄宗、代宗、粛宗、徳宗の四代にわたる皇帝に仕え、変わらぬ忠誠心を貫き通した。顔真卿の死後、栄華を極めた唐朝は、急速に衰退へと向かう。(184-187ページから再構成)
人が伝えたい「情報」、それが感情
そもそも感情とは何であろうか?血縁の死は最大の心理的要因である。逆に忠君が唯一の大義=価値観ではない。感情の発露に上下大小を比較する事に意味はない。それでも人は感情を抱き意識・無意識を別として伝えたい。それでは感情そのものを「情報化」して伝達する事はできるか?
書は筆と紙の摩擦によって、人の感情を写し取る。書に託された感情を読み取る為には書の様式を理解する事が受け手に求められる。だからこそ文字を超えた情報量を持つ。
この書が歴代中国皇帝に寵愛されてきた理由がそこにある。すべての権力を握るかつての中国皇帝とて感情から逃れる事は出来ない。
蛇足
他人の感情を自分の事の様に感じられた時、そこにまた感情が生まれる。
参考:口語訳