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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

メンデルの法則は化学の原子論の概念を生物学に転用したものだった。、西洋の知の構造~『遺伝子の誕生ーメンデルを生んだ知的風土』中沢 信午(1985)

生物

遺伝学の誕生―メンデルを生んだ知的風土 (中公新書 (761))

中沢信午(1918-2002)は日本の生物学者、人類が遺伝子の観察に成功する80年前、メンデルは遺伝子を予測していた。そこには法則化学の原子論とメンデルの遺伝子が結びついていた経緯があった。(1985年刊)

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ドルトンの原子論(1803年)

 

 

当時の化学界では、ドルトンの原子論が化学変化を説明する根本原理となっていた。原子が組み合わさって化合物をつくる場合に、重要なことは、化合物を作っている原子そのものは化合によっても変化することなく、その化合物を分解すれば、もとの原子が得られる事実である。(121ページ)

 

エレメントという概念

 

 

生物体にもこれ(原子論)と類似のことがあるのではないか、とメンデルは考えた。化合物における原子に相当する生物のエレメント(遺伝子)があり、それらが各種の組み合わせをつくって、多種多様の生物となり、しかもエレメント自身は変化することなく、分解したり再結合したりして、子孫に伝えられるはずだ、と。

 

もう一つ重要なことは、化合物をつくるときに、各原子のあいだには数量的な比例関係あある点である。・・・・生物でもまた、同様なことにあるに違いない、とメンデルは考えた。

 

さらに、原子の種類は多く、またそれらの組み合わせ数は非常に多いから、化合物も多種多様である。生物でもまたエレメントは多種存在し、それらの組み合わせによって多種多様の生物が生じるであろう。(122ページ)

 

それでは何が遺伝するか?

 

「何が?」とは何か。もちろん、それは生物の「形質が」である。形質は遺伝学の用語で、生物体の形態と生理的特徴とを総合した言葉である。(129ページ)

形質の差がはっきりしたエンドウを実験対象に選択する

メンデルが実験した7対の形質のエレメントは、それぞれ別の染色体の中にあり、しかもエンドウの染色体数は7対であった。・・・メンデル自身は染色体を見なかったが、彼は遺伝子形質の上からエンドウに染色体数を予見したようなものである。(140ページ)

1865年メンデルの研究が発表される

 

 

メンデルは研究の先駆者達が)なぜ遺伝の法則を発見するに至らなかったかを説明した。それは、彼らが植物の形質を全体としておおざっぱに扱い、一つ一つの形質を切り離してその伝わり方を調査しなかったからであると述べた。そしてメンデルは、そのような方法ではなく、個々の形質とその出現率を吟味した点を強調し、第一回目の講演を打ち切った。(155ページ)

 

メンデルは理論的に遺伝子を発見した。

 

人類が遺伝子を観察する事に成功したのは1952年のワトソン・クリックの「2重らせん」である。それではどうして87年前にメンデルは思考によりエレメントという概念を「発見」し、エンドウの実験によってそれを証明していたのか?そこにはドルトンの原子論の影響が色濃くあった事を知る。メンデルの研究は、物質の粒子性という発想、あるいは還元的アプローチ、言い換えれば西洋的な知の体系のど真ん中に位置づけられる、必然的な研究であった。

蛇足

 

現代の知の体系には還元的アプローチが深く刷り込まれている。

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