あなたは頂点を見たことがありますか?~『豊田章男が愛したテストドライバー』稲泉連氏(2016)
稲泉氏はノンフィクション作家、豊田章男を支えたのは、開発中の事故でこの世を去ったテストドライバー・成瀬弘の言葉だった。「人を鍛え、クルマを鍛えよ」(2016)
成瀬さんとの出会い
『あなたみたいな立場の人が、運転の基本もわかっていないのに、ちょっとクルマに乗っただけで、ああだこうだと言われるのは迷惑だ!私ら、テストドライバーはいいクルマをつくるために命がけでテストしているんだ!そのことだけは理解していてほしい』それからでした。私も単なるクルマ好きではなく、「クルマを正しく評価できる人間になりたい」と思い、成瀬さんのチームに交じって(ドライビングの)トレーニングを始めました。(300ページ)
そんななかで出会った成瀬さんは、僕のなかにもともとあったクルマへの思いを本気にさせる伝道師でした。彼は単に『クルマが好き』と言っていた僕に、運転の仕方、その語らい方、世界の道の厳しさを教えてくれた。自動車産業を見る目の幅と深さをくれたのです。(150ページ)
レースに参加
私の技量が向上してきた2003年、成瀬さんは「クルマをもっと知りたいのなら、ニュルブリング24時間レースに参戦してみないか?」と誘ってくれました。・・・成瀬さんが私たちに教えたかったことはレースの順位や戦い方ではありませんでした。クルマ文化をつくっていくこと。そのためには「味のあるクルマ、クルマの味づくり」が大切だということ。っそしてそれを実現するための人材育成をしっかりやることでした。(300ページ)
経営とは人づくり
僕の目的はこうした(24時間レースに参加するという)極限の経験を、最終的に普通のモデルに活かしていくこと・・・いまでも新入社員には『いいクルマっていったいなんですか』と聞きますよ。でも、それは自分で考えることなのです。僕にだって明確な答はありませんよ。・・・成瀬さんだって『こうしたらいいクルマになる』なんてことは言わなかった。・・・いいクルマをつくるのは人なんです。つまり、僕がしなければならないのは、人を作ることなんだ。そこに部署は関係ない。・・・・どんな立場にいても、いいクルマをつくることにかかわることはできる。だって僕らがやっているのは自動車会社なんだから。
豊田章男が愛したテストドライバー
2010年6月成瀬氏はテストドライビング中の事故で亡くなる。トヨタ自動車の豊田章男社長は遡ること10年間、成瀬氏からドライビングの手ほどきを受け、レースチームを組成しレースに参加する。豊田氏はこれらの経験を通じ、自動車産業の奥深さを知り、人を育てる大切さを知る。
豊田氏は社長就任後、米国のリコール、リーマンショックによる赤字計上など試練を迎える。その経験を経て、経営者の資質とは「最終的な判断でどれだけの人の顔を思い浮かべることができるか」、トヨタ自動車とは「もっといいクルマを作ること」と語る。確かに豊田氏は成瀬氏との経験から大きな影響を受けている。
豊田氏と成瀬氏の出会いは豊田氏の立場、創業家の後継者を約束された人物、だから与えられたのは間違いない。しかしこの出会いを選択したのは豊田氏である。これは立場と時間とお金があったからできたことではない、と思う。自ら選択したことが重要である。
我々は自分の目指す世界で、その世界のトップと出会うことも、自ら仲間を作ってチャレンジすることもできる。それに必要なのは意思、だと思う。自分のやりたいことで一流をめざす、もっと上を目指す、究極の存在を知ることである。それが欲を生む。
蛇足
必要なのは頂点を見ること
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