目は口ほどに物を言う、レンブラントの絵から分かる事~1966年の空間認識論「かくれた次元」
ホール氏は米国の文化人類学者。原書は1966年の刊行。
動物の縄張りなどの研究などから対人間の空間認識につなげていく。
ルネッサンスは線型遠近法
ルネッサンスの画家は、遠くの対象の視覚的構成を調べるのに見る人一定においたが、レンブラントはそれとは逆に目を一定に保ってあちこち動かさず、絵の特定部分に集中するとき、どのように見えるかということにとくに注目した。(125ページ)
レンブラントは視覚のメカニズムを熟知
顔の他の部分に対してこの目がこのように描かれていること、それによって頭全体が、適当な距離から見ると、三次元的に見え生きてくとということである。レンブラントが中心窩と黄班および周辺の視覚を区別していたことを、その瞬間に私は理解したのである。彼はその同時代人の描いたような因習的な視覚世界の代りに、静的な視野を描いたのであった。(126ページ)
レンブラントは片目にフォーカス
網膜の中心窩領域(視野のもっとも鋭い部分)と絵のもっとも緻密な部分とが釣り合うような距離をとる必要がある。こうすると画家と見る者の双方の視野が一致する。・・・彼はこの距離で片方の目だけをはっきり描いている。レンブラントの絵には、視覚過程に関する意識の高まりと自意識の強まりが見られ、これは19世紀の印象派をはっきりと予言しているのである。(126ページ
1833年、結婚2年目の新妻の肖像画、彼女の右目に焦点があっており、
息づかいが感じられる距離まで近づいた感覚を覚える。
芸術とは何か?
絵画は果物の味や香り、弾力のある肉体の感触、母親の乳房に乳を分泌させる赤子の声の調子などを直接に再現することは出来ない。しかしことばや絵画はこのようなものを象徴する。もとの刺激と同じような反応を起こさせる程に効果的なこともある。・・・画家や作家の本質は、読者や聴取者や観察者をして、描かれたことがらに一致させるだけでなく、言葉では言い表せない言語とか相手の文化に矛盾しない手掛かりとかを、えらんで与えることにある。(116ページ)
言葉にできない感情
本書は「社会的・個人的空間と、人間によるその知覚との問題」がテーマである。動物は縄張りを持ち、人間は動物的な空間認識に加え文化的な空間認識様式を持つ。空間は言語では示されない情報を持ち、人間は空間を網膜に映る情報に聴覚などの他の感覚や過去の経験を統合し視覚世界を形成している。
レンブラントの肖像画は片目に焦点を合わせている。まるで焦点深度の浅い、一眼レフカメラの様に、右目と左目の距離の差を表現している。著者はレンブラントが人間の視覚世界の形成パターンを利用し、人感情に直接働きかけると説明する。空間は絶対的な物ではなく、人間によって視覚される写像である。優れた芸術は言葉を経由せずに感情を刺激する。絵画は視覚世界を2次元化して感情を封じ込めている。
蛇足
自分の感情を言葉以外の方法で表現する事はできるか?
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