毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

スパイスと将棋に秘められた秘密~現在の日本人が実感できない財宝の価値

 炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)佐藤氏はサイエンスライター、「農耕開始から世界大戦まで、人類は地上にわずか〇・〇八%しか存在しない炭素をめぐり、激しい争奪戦を繰り広げてきた。」本書ではデンプン、砂糖、ニコチン、カフェイン、などと並んで香辛料を解説。

香辛料は植物が創り出した化学兵器

香辛料が防腐剤としての能力を持つのは、これらが植物が作るの化学兵器であるからだ。外敵から逃げ回ることのできない植物たちは、細菌を殺し、昆虫を忌避させる成分を創り出して身を守っている。これを人間はありがたくいただき、活用している訳だ。香辛料成分は空中へも漂いだし、外敵への警戒信号として働く。人類は、これらの化合物が役立つことを学び、やがてその匂いを快い香りとして受け止めるようになったのだろう。香辛料の化学構造を見ると、ベンゼン環(いわゆる亀の甲に酸素原子が結合した、「フェノール」と呼ばれるユニットをもつものが多い。これは消毒薬クレゾールなどにも含まれる分子構造であり、香辛料がある程度の殺菌力を持つのも納得がいく。(70ページ)

西欧社会は香辛料を渇望し、そして渇望しなくなった理由

香辛料は①肉の防腐剤、保存料としての有用性②ペストなど伝染病に対し薬効があると信じられた事、③貿易、投機の対象、④富の象徴、などが匂いという身体的記憶と結びついた事によって、強い需要が喚起されたと考えられている。著書は81ページから需要の停滞を分析する。

列強が繰り広げた香辛料の利権争いは、18世紀に入ると下火になる。あれほどまでに旺盛であった香辛料への需要が、この時期から落ち込み始めたのだ。この時期に起きた、「農業革命」がその一因ではないかと考えられる。この時代まで家畜は年間を通じて飼えるものではなかった。冬になると牧草が不足するため、その前に家畜を保存食へと加工する必要があったのだ。しかしカブなど冬でも育つ作物の開発、地味を痩せさせない輪作法の確立などが相まって、ヨーロッパの長い冬でも家畜を飼育できるようになった。このため年間を通して新鮮な肉が得られるようになり、香辛料の需要が減少したのだ。十九世紀になって冷蔵技術が確立すると、この傾向は決定的になる。

将棋の駒に秘められた香辛料

f:id:kocho-3:20140201131047p:plainhttp://www.syougi.co.jp/syotai.htm

将棋の駒の名称というのは考えてみれは不思議だ。王将・金将・銀将は、財宝の名前をあてて重要な駒である事を示していると推測がつく。しかし桂馬や香車の「桂」「香」は一体何なのであろうか?これには諸説あるが、「桂」はシナモン(肉桂)、「香」はナツメグやグローブ(丁字)などの香辛料を意味するという説が有力だ。熱帯に産する香辛料は、古代から中国及びヨーロッパに対する輸出品であった。現代では想像しがたいが、香辛料は金銀と肩を並べて、財宝の一種にすら数えられる貴重品であった。(67ページ)

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左:シナモン   中国南部~ベトナム 原産、枝の樹皮を乾燥させて使用

右:ナツメグ   インドネシア原産、仮実皮(赤い部分)を使用

日本人が実感できない財宝の価値

香辛料は西欧においてももはや嗜好品、その上幸いな事に日本では香辛料を必要としない程、豊かな食文化に恵まれてきた。将棋の誕生したインド、中国では香辛料は財宝として考えられていた。将棋の駒を見て、香辛料が財宝だったと実感できる。