毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

"Go for Broke"の忘れてはいけない意味

ハワイ・米国への移民、一転排除の歴史

日本人の米国へに移民は1885年ハワイへ初めて行われ、その後日露戦争後の日本の不況により1900年初頭まで行われた。1924年には外国人 移民制限法(排日移民法)の成立、その前年1923年には日英同盟の破棄など、その背景は欧米資本主義と日本との対立の始まりであった。1941年真珠湾による日米開戦後、3万人の二世(日系アメリカ人)は自分の自分の家族の、自分の地域の為に「日本人の名誉」を胸に闘った。

 

二世兵士 激戦の記録: 日系アメリカ人の第二次大戦 (新潮新書)

 

柳田氏は米国在住のジャーナリスト。「日本人がアメリカを旅しても差別を受けることはまずないであろう。それは、戦後日本の驚異的な復興と経済成長の賜物であるけれど、二世の戦地における活躍がなければ、アメリカで日系人や日本人にこれほど暖かい光が射すことは決してなかったはずだ。」(21ページ)

 

Go for Broke(あたって砕けろ)

ハワイのローカル英語、ギャンブル用語で有り金すべてをつぎ込むことを意味。442部隊のモットー。第442連隊戦闘団The 442nd Regimental Combat Team)は、WWⅡ米軍の日系人のみで編成された部隊ドイツ軍相手にヨーロッパ戦線に投入され、もっとも多くの勲章を受けた部隊としても知られる勇戦敢闘した。その激闘ぶりはのべ死傷率314%(のべ死傷者数9,486人)という数字が示している。(Wiki)

陸軍史上最強ー日系部隊はなぜそんなに強かったのだろう?

「帰するところ、名誉の問題ということです。」ダニエル・イノウエは、きっぱりと結論ずける。

「家名を汚すな」は船上の二世兵だけでなく、私が出会った二世ほぼ全員が言及した言葉だ。一世が、武士や明治の精神を二世に教訓したことは前にも触れた。その薫陶とは、煎じ詰めれば「発見伝」の「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」であり「葉隠」の「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」だった。だから「『国のために死ぬのは名誉』と母に送りだされた」(ススム・イトウ)者もいれば、「『お前の顔はもう見たくない。命をかけて闘え』と父親に言われた仲間も多かった」ロナルド・オオバ)。(119ページ)

ダニエルイノウエ氏

米国民主党の政治家。元米軍将校(442部隊に所属)、上院議員、上院仮議長。1963年から50年近くにわたって上院議員に在任していた長老議員であり、上院民主党の重鎮議員の1人であった。(Wki)

f:id:kocho-3:20131117071026p:plain

この画像は2011年に桐花大綬章を受章した時のもの。スピーチで義務と名誉という言葉を使った。2012年12月他界、イノウエ氏の記憶は失われた。