毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

果たして医学は本当に科学と呼べるのだろうか?~『がん‐4000年の歴史‐』シッダール・ムカジー氏(2016)

がん‐4000年の歴史‐ 上 (ハヤカワ文庫NF)

 ムカジ―氏はがんを専門とする医師、患者からがんとは何か、との問いに応えるために、人類4000年のがんとの歴史を執筆する。

 

乳がんの局所的な治療

1927年、所属する医局へのどちらかといえば技術面に関する報告書のなかで(イギリスの医師)ケインズじゃ、局所的な手術に放射線治療を組み合わせた治療経験について概説している。・・・乳がん患者のなかには、「局所切除以上に手術範囲を広げる必要がないと思われる症例もある」・・・・局所手術が根治手術と同じ結果を生んだのなら、(がんは腫瘍から同心円状に転移をするので、乳がんの中心から遠心的に根治的に切除する必要がある、とする)遠心理論もまた最高しなくければならなかった。(355ページ)

乳がんは手術可能か?

そもそも腫瘍が局所に限局しているのなら、局所手術と放射線治療だけでも充分に取り除けるはずであり、リンパ節や筋肉をさらに切除してもなんの利益もないはずだった。それに対して、すでに乳がんが乳房を超えて広がっているのなら、そもそも手術をおこなうこと自体が無意味なはずで、徹底的な手術であればあるほど無意味だった。乳がんというのは局所疾患―その場合には縮小手術で治療可能だ―か、全身疾患―その場合にはどんなに徹底的な手術でも直せない―かのどちらかなのだ。(358ページ)

 最終的な判断は比較実験へ

患者たちは無作為に3つのグループに分けられ、一番目のグループは根治的乳房切除術が、二番目のグループには単純乳房切除術が、三番目のグループには手術後に放射線治療がおこなわれた。・・・1981年、臨床試験の結果がついに発表された。乳がんの再発、死、遠隔転移の確率については、3つのグループのあいだで統計学的な有意差はなかった。根治的乳房切除術で治療されたグループは思い身体的代償を支払ったにもかかわらず、予後に関してなんの利益も得られなかった。根治的乳房切除術が主流だった1891年から1981年までの100年近くのあいだに、約50万人の女性ががんを「根絶する」ためにこの手術を受けた。(365ページ)

がん~4000年の歴史

今日、乳がんの治療のため根治的乳房切除術が施行されることはほとんどない。乳がんが局所に留まっていれば治癒可能であり、転移が始まっていれば治癒不可能である。1890年代には転移を恐れ、根治的乳房切除術、乳房だけでなく、乳房の下の筋肉と所属リンパ節を背切除する方法が考案された。これが標準的な方法となると約90年間疑われることなく続けられた。1927年イギリスの医師が根治的治療は不要ではないか、と主張してもそれが聞き入れられることはなかった。著者のムカジー氏は「外科学は本質的に、部外者には閉ざされた分野だからだ。」比較検証によって根治的乳房切除術が無意味であることが明らかにされるまで50年待たなければいけなかった。

科学もまた一度確立すると権威となってしまう。

蛇足

科学革命は地下、すなわち思想の主流から離れた場所で起きる

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