毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

still lifeの意味を知っていますか?~『美術の誘惑』宮下 規矩朗氏(2015)

〈オールカラー版〉 (光文社新書)

 宮下氏は美術史家、美術は政治経済と深く関わり、生老病死を彩り、人の欲望や理想を反映する―。(2015)

 

 

木苺の籠

近寄ると絵の具の盛り上がりや粗い筆触が目立つばかりで、とくに訴えかける力はないが、見てみるとしみじみと心に入ってくる気がした。・・・シャルダンの静物画には神々しさも説教臭さもない。原罪の象徴である果物や、聖母の純潔を象徴する水の入ったグラスを繰り返し描いていても、そこにはキリスト教的な寓意はほとんど感じられない。・・・美術の精神性は、宗教性や教訓を持たなくとも、静物や山水のようなごく普通の主題を素直に表現したものにも見出せるのではないか。それは抽象絵画の精神性のようなものともちがう、見る時期によって自然に心に入ってくるような微弱で繊細な力である。(184ページ)

美術にできること

美術はあらゆる宗教と同じく、絶望の底から人を救い上げるほどの力はなく、大きな悲嘆や苦悩の前ではまったく無力だ。しかし墓前に備える花や線香くらいの機能は持っているのだろう。とくに必要ではないし、ほとんど頼りにならないが、ときにありがたく、気分を鎮めてくれる。そして出会う時期によっては多少の意味を持ち、心の明暗に寄り添ってくれるのである。(186ページ)

 

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http://mimt.jp/exhibition/pdf/outline_chardin.pdf

美術の誘惑

宮下氏は大学卒業予定の一人娘を病気で亡くす。その死の直前に美術史家としての職業的義務感から観た画家シャルダンの展覧会での出来事をエピローグに綴っている。シャルダンは老齢になってから跡継ぎの一人息子を失くしている。この静物画に「寡黙な画面には大きな悲しみが塗りこめられていた」(184ページ)という。宮下氏は美術品にも出会う時期があるという。美術館には様々な絵がある。そこには画家の、あるいは発注者の様々な意図が表現されている。

宮下氏は美術が“心の明暗に寄り添ってくれる”、という。美術は世の中に必要だろうか?誰にでも美術を必要とする微かな一瞬があるのである。

蛇足

静物画とは英語でstill life

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