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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

無頼とはルーティーンに埋没しない人のこと~『 ヤクザと日本―近代の無頼』宮崎学氏(2008)

 ヤクザと日本―近代の無頼 (ちくま新書)

宮崎氏はノンフィクション作家、ヤクザとは、法の支配がおよばない炭鉱・港湾などの最底辺社会に生きた者たちが、生きんがために集まり発展したのが近代ヤクザの始まりといえる。(2008)

 

 

1884年賭博犯処分規則が布告~徳川以来の旧来型ヤクザの衰退

この布告は、刑法に基づく賭博犯の摘発としてではなく行政処分により警察が任意に処罰できるようにした点、また賭博行為だけでなく、博徒として仲間を集めた者、それに応じて仲間になった者も処罰するとした点で、刑法を越えていた。・・・この布告によって農民騒瀀・民権運動激化事件に結びつく恐れのある博徒集団を選別的に取り締まったのである。・・・ヤクザのもっていた戦闘力、実戦経験、動員力、団結力、それらが今後は反権力として働くことを恐れたのだ。特に博徒集団は、民間ではもっとも多量の武器を所蔵し、組織的な戦闘態勢がとれる集団だったのである。(170ページ)

資本主義と共に、近代ヤクザが誕生

近代ヤクザと私が読んでいるものは、明治になってからの社会の大きな変動のなかで、沖仲司、船頭、鉱夫、大工、人夫などと呼ばれた下層労働者が、生きんがために寄り集まって自然発生的につくった「組」が発展したものであり、もともと労働者の労働組織・生活集団が、地域的な社会組織として定着したものである。(231ページ)

近代ヤクザが生まれたのは、まず北九州、阪神、京浜といった新興産業地域においてであり、それが成長しつつ各地に波及していったのは、1886年(明治19年)から1910年(明治43年)まで展開されたとする日本の産業革命を通じてであった。・・・それは、一方で近代的な工場労働者を生み出すとともに、必要に応じて稼働される厖大な下請、臨時の下層労働者を必要とした。・・・近代ヤクザがその精華であるような組織が労働力を統括していることは、日本の資本主義にとってぜひ必要とされることだったのだ。こうした関係は、戦後の高度成長期に、資本、具体的には大企業の組織運営が、企業内において現場の労働者をすべて直接掌握して、管理・指揮できるような生産管理体制が確立され、さらには社外の下請企業の生産管理、労働管理まで親会社の大企業が掌握できるようになるまで続いたのである。(233ページ)

ヤクザと日本

明治以降のヤクザは下層労働者を束ねてきた。下層労働者の生活においては権利と義務、いわゆる法の支配が行き届かず、ヤクザが「義理・人情関係で動く人々を支配秩序に導く」(175ページ)役割をになってきたという。

浅田次郎の小説「天切り松」では失われつつある明治の博徒がモチーフである。本書でその背景に明治17年の博徒の一斉取締という背景があったことを知る。

翻って戦後の日本において近代ヤクザが下層労働者の組織化を図ることで社会的にも地域的にも一定の役割を果たしていた。そしてその必要性の無くなった1992年、暴力団対策法が施行される。資本主義社会においてはその最小単位である家庭でさえ崩壊しかねない今日、社会的あるいは地域的な組織としてのヤクザはもはや存在しえないのである。

宮崎氏は相互扶助の核となる新しい「組織」的団結の必要性を説き、「超近代の無頼よ、出でよ」(264ページ)と記す。人は人との関係性の中においてしか喜びを見出せない。だとしたら義理・人情を感じる場を提供する無頼、日常に埋没しない精神的リーダーが必要である。無頼とは、“定職を持たず無法な行いをすること、人のこと“である。無法な行いとは法を犯すことではなく、他人がやらない非常識なことをやること、である。誰かが精神的リーダーを務める必要があるのである。

蛇足

“定職を持たぬ“とは“ルーティーンに埋没しない“ということ

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