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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

どうして世界は多様なデザインに溢れているのか?~『現代によみがえるダーウィン』三品信宏氏(1999)

 ダーウィン著作集〈別巻1〉現代によみがえるダーウィン

 あるときは実験生物学者、あるときは理論生物学者、またあるときはナチュラリスト…しかしてその実体は?現代進化学の第一線で活躍する研究者が語る新しいダーウィン像。 (1999)

以下は三中氏の記載部分から引用

ナチュラル・ヒストリーとは

ナチュラル・ヒストリー(natural history)とは、もともと自然の記載―自然誌―を意味していました。オックスフォード英語辞典(OED)を見ると、“History”という言葉にはもともとは「記載」という意味しかなく、時間的経過としての「歴史」という意味は後世になって出現したものです。(153ページ)

なぜ多くの“種“があるのか?

なぜ自然界にはこんなにさまざまな生き物がいるのか?―生物の多様性に対する驚異は自然の記載とともにさらに裏付けられ、その成立過程である自然の歴史に対する興味を持った多くの人々をナチュラル・ヒストリーという分野に惹きつけました。現代の進化生物学もまた、このナチュラル・ヒストリーの長い歴史に多くの知的財産を追っています。(154ページ)

ナチュラル・ヒストリーはヒトの認知性向に依存

「ナチュラル・ヒストリー」は二重の意味で、通常の自然科学からは逸脱する分野です。まず第一に、自然の記載と分類を目指す自然誌は、記載者であるヒトの認知性向に大きく左右されます。・・・第二に、自然の歴史を見つめる自然史は、歴史の復元と歴史に基づく思考を私たちに要請します。・・・実験証明が不可能な非反復事象による歴史を相手にすることは、少なくともデカルト以後の典型的自然科学の規範からは明らかにはずれます。(156ページ)

ダーウィンのやったこと

私たちはダーウィンが1838年のノートブックから20年後の『起源』にいたるまで、たとえ公の場で発言しなかったとしても、種が「便宜的かつ恣意的」であるという考え方を堅持していたことを知ります。・・・時空断面での離散群として認識される種がナチュラリストのいう種の切り分けと一致することを強調しながら、時空連続的にはそれが進化できると示すことで、無意識下に潜む旧来の種概念を打破するというフェイント勝ちをダーウィンは見込んでいたとはいえないでしょうか?(163ページ)

現代によみがえるダーウィン

ダーウィンの業績を一言で言えば、「多くの種が存在するが、どういう科学的な仕組みでそうなるか?」という問いに対し、自然選択という理論を用意した。

結果として“種“は時間と共に変化するものであり、種とは時空断面=ある時ある場面のみで通用するローカルな概念になった。それ以前、種は固定的かつ離散的=各々の種は独立していると考えられていた。ダーウィンはこれを変更した。

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「生命は共通の祖先から生まれた」ことは「変化が多様性を生む」ということと同様の概念である。我々はこれを常識として受容している。ダーウィン自然淘汰は、生命だけでなく、文化、社会、組織、様々なものに多様性があるか、を説明するのにも拡張可能となった。ダーウィンはもっと広い範囲の見方を変更する契機となっていた。

蛇足

我々は時空断面に留まっていられない

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