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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

なぜUFOが話題にならなくなったのか?~『UFOとポストモダン』木原善彦(2006)

UFOとポストモダン (平凡社新書)

 木原氏は現代アメリカ文学の研究者、 初期の宇宙人は優れた科学を持つ金髪の白人だったが、灰色の肌をした吊り上がった目の邪悪なものへと姿を変え、ポストモダンの時代には節足動物や昆虫になってしまった。これはいったい何を意味しているのだろうか?(2006)

空飛ぶ円盤神話は1947年に遡る

1947年といえばその直前に世界が第二次世界大戦という近代の危機を経験していたということです。この大戦における人的・物的破壊の規模が未曽有だったことは言うまでもありません。加えて、原爆の使用、さらにホロコーストという事件の衝撃もそこにはありました。(29ページ)

UFOはなぜアメリカで生まれたのか?

第二次世界大戦後にはアメリカがヨーロッパをしのいで近代の最先端を走ってきたことです。つまり、アメリカはさまざまな面で他の国に一つの近未来図を提供していたわけです。ところが、アメリカ自身には近未来図を提供してくれる存在が欠けていました。・・・近代のプロジェクトに対する不信という事態が生じたことで、そこに描かれた未来と現在との間に微妙なひびが入っていました。そのひびから偶然垣間見えたのが天空の光点だったのです。(32ページ)

神→近代科学→異星人

スペースブラザーと呼ばれる(初期に現れた)宇宙人たちはユートピア社会からやって来たということ、そして彼らは戦争や病気など現代の地球が抱える問題を克服する手助けをするためにやって来たのだということです。・・・初期の円盤神話では、宇宙人の文明は地球人が目指すべき理想、あるいは少なくとも未来像だったのです。

あるべき人間の姿(理想)を定める神という「超越的な他者」(大文字の他者)を失った近代においては、近代科学が超越的な他者の座に就きました。そして空飛ぶ円盤に乗った異星人は近代科学が仮構した新たな理想としての役割を果たしたのです。(41ページ)

UFO神話の失速

(UFO神話の)変化の一つの重要な側面(ハイパーリアル化、近代科学不信、超パノプティコン的管理社会の台頭など)は一言で言えば、「ポストモダン化」といいうことになるのでしょう。・・・ハイテク航空機としての円盤とそれに乗ったユートピア人としての宇宙人という円盤神話の組み合わせは、それがいかにとっぴなものであれ、近代合理主義の大きな物語との整合性を保っていました。・・・(ポストモダン化による皆が共有できる大きな物語の消滅により、その後のUFO神話は)巨大で不気味なエイリアン神話の全体像はあくまでもUFOマニアの間で流通するだけに留まり、・・・一般の人が耳にするのは全体の見えない断片的なUFO関係情報としてのミューティレーション(動物の体の一部が切り取られた状態で見つかる死体)、アブダクション(宇宙人による誘拐)、墜落UFOの物語のみであり続けました。(118ページ)

UFOとポストモダン

本書はUFOが実は社会の不安などから望まれていたものであったと分析する。人間は科学を100%正しくは使えないが、UFOに乗って来る宇宙人は更に素晴らしい科学を持ち正しく使っている『はずである』という期待から生まれた。本書によれば1995年「死亡した宇宙人の解剖フィルム」公開がUFOブームの最後だと言う。1995年といえばwindows95が発売された年、テクノロジーは更に進化し今までサイバー空間が拡大していった。我々の不安の対象が変化している以上、新たにUFO神話に代わる神話が登場する。そしてそれは神話ではなく、現実の恐怖として皆の前に姿を現すことになる。50年前、UFOが人々の希望と不安の両方のリアリティを持って表象した。50年前UFOは現実だった。

蛇足

アポロ11号の月面着陸は1969年

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