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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

通貨は誰が作るのか?~『通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで 』高木久史氏(2016)

 通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで (中公新書)

高木氏は日本の通貨史の研究家、どうして中世日本は中国の通貨を使ったのか?(2016)

 

中世日本では中国の銭が使われる

12世紀から16世紀までの中世日本社会は、外国の青銅貨、主に中国産の銭を通貨として使った。・・・11世紀では博多のみだった外国銭の使用が、12世紀半ばからは京都を含め畿内でも見られるようになる。12世紀後半、平清盛が積極的に中国貿易を行い、銭を輸入したことはよく知られている。平成政権下の1179年に流行した感染症は「銭の病」と呼ばれた。銭形の発疹が出る感染症、麻疹らしい。銭の使用が広まったからこその命名であろう。

当時、日本側の政府による銭の発行や民間での銭の製造(模造)は確認されていない。・・・輸入銭は政府の統制とは関係なく、社会で自律的に使われ始めた。

政府は銭にこだわらなかった

室町幕府は銭を発行しなかった。民間が銭を模造し、銅の国産が再開したわけだから、技術も素材もあった。・・・国防費の調達が銭を発行する主目的だった中国・朝鮮・ベトナムと異なり、日本は島国であることもあり、大陸の諸国ほど国防費が大きくなかった。地方支配を配下の武士に任せているため、幕府そのものの財政も相対的に小規模で済んだ。財政需要がなかったわけではないが、輸入で十分であり、銭を発行して発行益を得ようとするまでの動機が幕府にはなかった。(47ページ)

どうして中国は日本への銭の流出を許したのか?

1160年代以降南宋は金(中国北部の王朝)との戦争の費用を調達するために紙幣を発行した。南宋で紙幣が普及し通貨としての、銭への需要が減ったことも、銭の輸出を促した。(30ページ)

(1206年)モンゴル帝国が成立して、東西交易が活発化し、西のヨーロッパから東の中国までユーラシア全体で、国際決済通貨に銀貨を使うようになったことがある・・・日本は中国でだぶついた銭を使った。その後16世紀になるまで(日本は)銀貨を使わなかった。つまり中世の日本はユーラシアの通貨秩序の辺境だった。(38ページ)

通貨発行は政府が独占すべきか?

政府は発行益を独占するため、「政府が通貨の発行を独占して管理する」というアピールを社会に対し歴史上続けてきた。しかし政府や中央銀行が通貨をここまで管理するようになったのは、歴史上ごく最近のことである。本書で見たように、歴史はむしろ、民間が創造した通貨を政府が追認し採用する繰り返しでもあった。(241ページ)

 

通貨の日本史

中世日本では宋や元など中国の銭が使われていた。海外の貨幣を日本国内で決済に使うことのイメージが付かないでいた。本書によれば民間が勝手に使い始めた。人々が中国の通貨を使うから他の人も使う、というサイクルで広まっていった。政府は通貨発行差益を狙った通貨発行の必要もなく、一言で言えば放任していた。結局通貨とは便利だから使われるものであり、そこには中国の権威にも日本の幕府の権威にも依存していなかったことになる。

その通貨を使う人が存在する限り、通貨は誰が作ってもいいのである。政府が通貨発行を独占するのは歴史から見れば常識ではないことに気づく。

蛇足

お金とは政府が独占すべきものではない、

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