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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

弩(いしゆみ)という言葉を知っていますか?~『 戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門』橋爪大三郎氏(2016)

 戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門 (光文社新書)

 人類はこれまで、戦争とともに歩んできた。戦争を、社会のなかのノーマルな出来事として、みつめよう。(2016)

弩(いしゆみ)とは

(弩は)、いたを束ねて合とし、弾力をもたせ弓に整形し、両手で弦をつかんで背筋でひっぱり留め金で固定し、矢を置いて、狙いをつけて発射するもの。引き金で発射できるので、ピストルのような効果がある。発射速度が速いので、遠くから駆けてくるくる騎馬に対抗することができた。・・・弩は、火薬革命にとって銃器が実用化するまで、標準装備として、世界中に広く普及した。(47ページ)

日本のサムライは弩を使わなかった

日本の中世では、戦闘の主力は、騎乗する武士たちだった。しかし彼らは軽装備で、馬も無防備である。弩が存在すると、武士が優位でなくなる。弩を使ってはいけない、矢を射かけるときも馬を狙ってはいけない、とい日本独自のローカルルールで戦っていたのではないか。・・・武士たちが存分に戦闘能力を発揮したいという、武士の都合である。そうだとすると、日本の戦闘は、いくぶん儀式的な要素を含む、スポーツのようなものだった。それでやっていられたのは、異なる武器、異なる戦法、異なるルールで戦う異民族が、侵入してこなかったからである。(48ページ)

グロチウス戦時国際法

((グロチウスは)17世紀前半に活躍したオランダの法学者で、外交官。『戦争と平和の法』(1625)を著し、「国際法の父」とよばれる。・・・『戦争と平和の法』は、聖書やキリスト教神学、古代ギリシャの法律、ローマの法律、ヨーロッパ慣習法などを根拠に、国際社会が従うべき法について明らかにする、古典的な大著。主権国家が戦争する場合にも、ルール(戦時法規)に従わなければならないことを明らかにした。戦争を、まったくの無秩序状態であるかのように誤解しないためにも、戦時国際法をわきまえることは重要である。(108ページ)

日露戦争国際法

日露戦争は、ヨーロッパ列強の一角であるロシアを相手にした戦いである。日本は、不平等条約の改正を念願にしていた。欧米諸国に、日本には十二分に、戦時国際法を順守する能力があると印象づけたかった。そのため、指揮官や兵卒にいたるまで、国際法の教育が行き届いていた。日本軍の戦いぶりは、西側諸国の称賛を受けている。・・・条約改正がなると、日本軍は国際法を熱心に守る姿勢があやふやになり、日本の兵士は国際法に無知なまま、違法に行為して恥じないことになる。(316ページ)

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戦争の社会学

戦争とは何だろうか?橋爪氏は「戦争とは、暴力によって、自分の意思を、相手に押しつけることである」という。戦争は暴力的であるからこそ戦時国際法によって少しでも無用な暴力を減らそうとした。

日本は弩を使わなかった。侍は刀と弓で“正々堂々”戦うことを選んだ。時代が下って江戸時代、侍は鉄砲を捨てる。

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮 (中公文庫)

侍は倫理性が高いと考えられた刀と弓を又しても選択した。日本の中で同じルールで戦うが故にできたことである。

一方西洋では異なる武器、異なる戦法、異なるルールで戦う異民族がいる。だから彼らは戦時国際法を作った。西洋より日本が紳士的なのではなく、プレーヤーが違うから法律で縛ったという事になる。日本はその西洋のルールを順守して日露戦争に勝ち、第二次世界大戦では日本のローカルルールを海外で展開し不必要な摩擦を拡大させた。

日本の中で日本のおローカルルールを追求することは武士道の様な完成度をもたらす。日本のローカルルールを日本以外で展開することは難しい。

侍が弩と鉄砲ではなく刀を選んだのは日本という閉鎖社会ゆえのことである。勝敗の基準は殺傷テクニックを競うのではなく、精神性と身体能力の高さを競った。正に日本のローカルルールであろう。

蛇足

近代戦争のルールは欧州が決めた

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