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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

ピンボールとプレイステイションの関係とは?~『ビックバン・イノベーション』タウンズ氏+ヌーエヌ氏(2016)

ビジネス

ビッグバン・イノベーション――一夜にして爆発的成長から衰退に転じる超破壊的変化から生き延びよ

 タウンズ氏とヌーエヌ氏は産業・マーケットのコンサルタント、突然たった数日で市場を破滅に追いやる世界。(2016)

 

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  ピンボール産業は2,500億円だった

 

1980年代も終わりに近づき、ピンボール産業は空前の繁栄を謳歌していた。1992円、アメリカ人がピンボールマシンに投入した総額はおよそ25億ドル。・・・1993年にピンボールメーカーが販売した新品のマシンは13万台。(インベーダーゲームなどのアーケードビデオゲームと連携して)産業が復活を遂げてから、この年、最高の販売台数を記録していた。(110ページ)

プレイステイション発売後

その(プレイステイションが発売された1993年)翌年から売上台数の激減を体験し、わずか5年後の1998年は、販売台数が1万5千台までに落ち込む。そして90年代松には、ついに年間1万台を切ってしまうのである。(113ページ)

アナログからデジタルへ移行

1台7500ドルもするピンボールマシンに対して、プレイステイションはたったの299ドル。家庭用ゲーム機はユーザーに自宅に置けて、しかもネットワークでつながっている。そのうえ、1台で数百種類ものゲームが楽しめる。機械設計から電子設計に変わったとはいえ、1台でひとつのゲームしか提供できないピンボールマシンとはそこが大きく違う。(114ページ)

プレイステイションはピンボールを敵対視していなかった

ピンボールマシンは突如、ビッグバン・イノベーションによって決定的に、そして永久に駆逐されてしまったのである。しかも家庭用ゲーム機の開発者には、ピンボールマシンと張り合う意図すらなかった。ピンボール産業は、ただ“とばっちり”を受けただけにすぎない。(114ページ)

f:id:kocho-3:20160628085456p:plainTwilight Zone (pinball) - Wikipedia, the free encyclopedia

1977年、ピンボール設計者のコメント

ピンボールビデオゲームにやられるはずがない」なぜなら、ビデオゲームと違って、ピンボールはからだを使うゲームだからだ。(109ページ)

ビッグバン・イノベーション

ビックバンイノベーションとは「安定した事業を、ほんの数か月か、時にはほんの数日で破壊する新たなタイプのイノベーション」である。(i)

ピンボールからプレイステイションへ

プレイステイションがピンボール産業に壊滅的な打撃を与えていたとは知らなかった。市場規模は一気に1/13になった。プレイステイションがピンボール産業を狙い撃ちした訳でもなく、“とばっちり”と表現し、避けることのできないアクシデントであった様に映る。しかし1977年人気のあったピンボール設計者のコメントからハードウェアからソフトウェアへの移行、専用機から汎用機への移行、といった技術的トレンドに気づく。

本当の所、ピンボール産業にはビデオゲームに取り組む時間はあったのである。それではピンボール産業が敗者で、プレイステイションが勝者なのであろうか?ご存じのとおりプレイステイションは今スマホゲームと競合している。俯瞰してみるとゲーム業界のプレイヤーが交代していくことで新たなイノベーションがもたらされる。1社が技術的にシフトしていくことも素晴らしいし、新たなプレイヤーが誕生することも喜ばしい。企業が一日にして破壊されてしまう時代、企業は見えない競合ではな、見ようとしない競合と戦う必要がある。

蛇足

ピンボール会社は1社存続、売上は50億円(!)を誇る。

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