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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

地球にエデンの園が無いと悟ったとき、西洋人は何を考えたか?~『エデンの園―楽園の再現と植物園』J。プレスト氏(1999)

 

エデンの園―楽園の再現と植物園

ブレスト氏は歴史研究家、「エデンの園」を地上に再現したいという情熱は、近代植物園を誕生させるに至った。(原書は1982、翻訳は1999)

 

 

エデンの園

当時の人びとは、百科事典のような植物園の設立を、地上の楽園、つまりエデンの園の再現という意味合いでとらえていた。・・・カトリック教徒もプロテスタント教徒も、人類の最初の住み家は、神によってつくられた楽園にあったと信じていた。その気候はいつも穏やかで、木々は絶え間なく花を咲かせ実を結んだ。楽園は「大洪水」をとにかく切り抜けた、と中世のあいだ信じられていたので、15世紀の地理的発見の黄金時代には、航海者や探検家がその地を発見しようとやってきなった。(17ページ)

中世の世界観

中世後期の世界は、いわゆるTO図で描かれ、円盤型あるいはO型の地球に、地中海をT字の縦線、黒海と紅海とを横線であらわした。それから三つの大陸が、線引きによってできた3区分に置かれた。つまり、広いアジア大陸が上部を占め、下半分の狭い部分を、それぞれヨーロッパとアフリカ大陸が占めた。エデンの園、あるいは地上の楽園は、極東の最上部に置かれることが多く、オーケアノス川を超えた島に示されることもあった。(70ページ)

大航海時代以降

東洋にも西インド諸島にもエデンの園がないとわかって、人々は散り散りになった被造物の断片を集め、植物園、つまり新しいエデンの園をつくろうと考えるにいたった。(17ページ)

アメリカ大陸の発見にともなう新しい形態の動物や、植物、果実を見て、人びとは驚いた。神がそれまで隠していた被造物を啓示されたので、エデンの園さながらの世界の縮図、あるいは百科事典を作るべく、散らばったジグゾー・パズルの片を一か所に集め、エデンの園を再現するのに役立てた。・・・「いにしえの楽園の秘宝をくまなく捜す」ために、「香料やスパイスを求め西インド諸島」を探索することが、⒗、17世紀における植物園創設の決定的な動機となったのだ。(75ページ)

近代植物園

近代植物園の第一号は、1545年、地理的発見に湧くヴェニス郊外の大学町、パドヴァに創設された。・・・素晴らしい庭園の指針となる普遍的なテーマは、世界中から植物を蒐集することである。・・・パドヴァ植物園では一室に全世界を凝縮したという。(78ページ)

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エデンはアジアの上、日本の位置にある!

エデンの園

大航海によって地球上にエデンの園がないと気づいた時、ヨーロッパ人はアメリカ大陸を発見していた。アメリカ大陸は聖書への信頼性を低下させると同時に、聖書ではなく自然の被造物を観察し研究することで神に近づけると考えた。そこで人々はエデンの園を再現し、それを研究するために植物園を作っていたのである。

ヨーロッパはカソリックプロテスタントに分派する。科学はその力によてカソリックプロテスタントを再統一することができると考えられた。植物園はエデンの園に、自然科学は神に近づく為に作られていた。

蛇足

植物園は宗教的であるが故に近代科学の前奏曲だった

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