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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

どうして浮世絵はマイナーになってしまったのか?~『印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ』中野 京子氏(2011)

印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ (NHK出版新書 350)

中野氏は西洋文化史の研究家、19世紀後半のフランス。時代は産業革命の進展にともない、政治・経済・文化ともに劇的な変動の只中にありました。文化の面で特筆すべきは、「印象派」の出現です。写実性と遠近法でもって神話や歴史を取り扱う従来の古典主義に対し、新たな空間表現と明るい色使いで自由奔放に描く印象派の画法は、その後の絵画のみならず芸術全般に多大な影響を及ぼした。(2011)

 

 

印象派と浮世絵

浮世絵の鮮やかで粋な色彩と、遠近法を無視した平坦な描写法、そして意表を突く構図の面白さが驚きをもって受け止められたことがわかります。

西洋絵画は何世紀にもわたって苦心に苦心を重ね、工夫に工夫を凝らして、二次元の画布に三次元を現出させようとしてきましたが、はなからそれを問題にしない浮世絵の軽やかさ、自由さは、古典の縛りから抜け出そうとする印象派に、大きなインスピレーションを与えたのです。浮世絵の画面の切り方の奇抜さもまた、写真同様、これまで見たことにない視覚を提示しました。(168ページ)

ジャポニスム(日本趣味)」が19世紀から20世紀初頭にかけてヨーロッパ中を席巻したのは、長く殻にこもっていた日本が開国し、パリ万博に浮世絵や工芸品などを出品したのが機でした。画商が日本にまで買い付けに来るようにもなります。

なぜ浮世絵は残らなかったのか?

どうして印象派はブランドになったのに、ジャポニスムは短期で終わって浮世絵人気は拡がらなかったのか。大きな理由は、描かれているものが欧米人にとって文化的に遠すぎ、親しみにくかったせいです。そのうえ日本画は油絵と違い、紙に描かれているため耐久性がはなはだ落ちる(飾るにしても資産としても、これは痛い。)そもそも浮世絵は、行灯の仄暗い、ゆらめく明かりのもとで広げての鑑賞が想定されており、今とはずいぶん異なった見え方をしていたと思われます。(170ページ)

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La Japonaise (Camille Monet in Japanese Costume) | Museum of Fine Arts, Boston

 

印象派で「近代」を読む

一般的に絵画と言えば、西洋絵画、それも印象派がイメージされるであろう。一方浮世絵はマニアのもの、という印象が強い。中野氏は住環境との差、そして耐久性を上げる。

美術館に行けば色彩豊かな100年前の絵画にであう。一方浮世絵に限らず日本画は100年も経ると退色が進んでいる場合も少なくない。そもそも光線による痛みを嫌って展示されていないこともある。キャンバスと油彩絵具、紙と水彩絵具、これが耐久性、あるいは技法に及ぼした影響は少なくない。

どうして100年前の印象派は今もブランドであり、一方浮世絵は影響力を失ったのか。そこには物質としての違いが存在していた。絵画が感情や情報を伝達する為のものだとしても、物質としての制約からは逃れられないことに気づく。

蛇足

絵画も重力から逃れられない

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