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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

FRBとウォール街は表裏一体ということ~『ウォール街の歴史 』チャールス・R・ガイスト氏(2010)

ウォール街の歴史

ガイスト氏は証券業界のアナリスト出、「歴史は繰り返す!」のはなぜか?(2010)

  

アメリカ独立と中央銀行

連邦政府が初めて招集されると第1の議題として合衆国銀行の創設が取り上げられた。合衆国銀行は1791年に設立され、本店はフィラデルフェィアに置かれ、ニューヨークを含めて東部海岸の主要都市に支店が設けられたている。・・・1811年に合衆国銀行の認可が失効して中央銀行が解散した時点ですでに120以上の銀行が州の認可を取っていて、その多くが独自の銀行券を発行していた。・・・数多くの新しい銀行とその所有者たちは、紙幣印刷の権利や能力を自分達の手に握っておくためにも強力な中央銀行に必死で抵抗した。(10ページ)

中央銀行の所有者は誰か?

アメリカが独立して間もないころ、イギリスの投資家たちは財務省証券の購入に加えて金融機関への投資を好んだ。しかし、事実上の中央銀行である合衆国銀行が外国人の手に握られているのは危険すぎると感じているアメリカ国民は多く、銀行の所有権の問題は政治問題化した。(10ページ)

再び中央銀行の機運

(1900年初頭)多くの投資家たちは中央銀行がないことに懸念を抱き始めていた。市場で株価が下落すると多くの銀行は間違いなくあとを追って破綻することになる。銀行は株式や債券の引受人として、投資家として市場に深くかかわっていた。・・・(市場が下落すると)預金者の取り付けが発生して、営業を続けるために現金が必要な事態に陥ったとき、中央銀行以外に頼りとなる組織がないであろうことは明白だった。・・・これほど多くの一般株があり、ほとんどが水増し株(大幅に稀薄化された状態を指す)となると、市場は当然、不安定になる。・・・20世紀が始まるころ、事実上、銀行家たちがアメリカの通貨制度を握っていた。(93ページ)

1913年FRB創設

連邦準備制度FRB)の創設で最も激しい争点となったのは、この機関に銀行券の発券を認めるかどうかということだった。・・・連邦準備制度はアメリカ政府への信頼と信用に裏付けられた連邦準備券を発券できることとなった。(102ページ)

1913年まずアメリカ合衆国憲法修正第16条連邦政府による所得税課税)とアメリカ合衆国憲法修正第17条(上院議員は州議会の推薦によらず、直接選挙によって決定)が批准されたこの2つの変革は、各州の財政力と政治力をそぎ落とした。基礎工事が済むと、J.P.モルガンやポール・ウォーバーグ、ジョン・ロックフェラーの後ろ盾の下に、多くの上院議員が休暇で不在の隙を突いて12月23日にFRBが成立した。(Wiki

FRBウォール街

当時銀行と証券はいずれも顧客の資金レバレッジをかけて株式投資に資本投下していた。レバレッジを掛け過ぎると資本市場はその重みに耐えきれず崩壊する。これを防ぐために誰かが資本注入をすることが必要だが、銀行・証券界はそれをFRBに担わせることとした。

それではFRBはその資金をどうやって調達するか?連邦政府が持つ所得税を担保にFRBが通貨を発行することとなる。

更にFRBの株主は民間銀行であり、その一部が(1791年以来の流れの中で)海外の投資家によって保有されているのである。FRBの目的は株主の利益である銀行・証券の為に通貨制度を守ることである。

蛇足

FRBウォール街は表裏一体

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