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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

テクノロジーとはある目的の為に自然界をプログラミングすること~『テクノロジーとイノベーション―― 進化/生成の理論』W・ブライアン・アーサー氏(2011)

テクノロジーとイノベーション―― 進化/生成の理論

アーサー氏は、経済学分野における複雑系理論の研究家、経済というのは私たちが必要とするものを供給するためのテクノロジーをうまく組織したものにすぎない。(2011)

 

 

(新しいテクノロジーとは、どこからともなく現れる“発明”のようなものではないことに、気づいたのだ。・・・すでに存在するテクノロジーを寄せ集め、組み立てて創造されたものだ。言い換えるなら。テクノロジーとは、それとは別のテクノロジーから成り立つものであり、ほかのテクノロジーの“組み合わせ”として生まれるものなのである。(7ページ)

テクノロジーとは何か

‘①テクノロジーはすべての要素の組み合わせである。②要素それ自体がテクノロジーである。③テクノロジーはすべて何らかの目的において現象を利用している。特に第三の原理は、テクノロジーとは自然界をプログラミングしたものだということを私たちに示している。テクノロジーは現象を取り込み、人類の諸目的のために役立てるものである。個々のテクノロジーはさまざまな現象をプログラムし、一つにまとめて特定の目的を達成する。

テクノロジーに終わりはない

テクノロジーをそれぞれが固定した目的をもつ独立した対象として見るのではなく、無限に新しい組み合わせを作ることのできる対象としてみることは、、ただの抽象化ではない。(35ページ)

現象は物理的現象にとどまらず、脳内現象も含む

たとえ物質的効果に基礎を置いていないとしても、音楽構造や金銭、法典、機構、組織―実際には“すべての”手段あるいは目的を果たすシステム―を論議に入れることができる。(75ページ)

テクノロジーの起源

(新しいテクノロジーで)ゼロから発明されたものなどない。発明を生む独創的な心にあるのは、何かを利用するという考えであり、なかば無意識なヒントをもらうような、精神的な借用とでもいうべきものなのである。(148ページ)

経済とはテクノロジーの表現

経済はそこで展開されるテクノロジーの表現であるため、進化する集合体を形成する過程、組織、装置、制度上の規定から生じた一連の調整であり、テクノロジーと同様に進化している。経済はテクノロジーから生じるため自己創造、果てしない開放性、そして果てしない新しさを受け継いでいる。つきつめて考えると、経済とはテクノロジーを創出する現象から生じたものだ。経済は人類のニーズに応えるために組織された自然的摂理である。(234ページ)

テクノロジーとイノベーション

技術が成熟し限界を迎えるとテクノロジーにはまったく違うパラダイムが現れる。既存との連続性のない突然変異の様に見えるが、実はそれらは既存のテクノロジーの組み合わせを変えたことによって違う現象を利用して同じ目的を達成している。違う現象を利用するのであるから、ゼロから発明されたものなど何もない。駅馬車蒸気機関車には大まかにいってテクノロジーの連続性はないが、人々を運ぶという目的は同一である。

我々はテクノロジーというと物理現象を利用したものに限定しがちである。しかしテクノロジーとは数学や音楽の様に人間の認知能力という“脳内現象”を利用したものにまで拡張できるという。

突き詰めると、テクノロジーとは「ある目的の為に、人間も含む自然界をプログラミングした結果」である。我々は誰でもテクノロジーを利用している。更に自らテクノロジーを変更できる。

蛇足

 

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