毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

あなたの匂いの記憶は何ですか?~『知的幸福の技術―自由な人生のための40の物語』橘玲氏(2009)

知的幸福の技術―自由な人生のための40の物語 (幻冬舎文庫)

 橘氏は作家、"ささやかな"幸福を実現することは、それほど難しくはない。(2009)

 

 

人は常に他者の承認を求めて生きている

バブルの最盛期に出会った地上げ師は「あんたもダニやウジム虫以下の人間になればカネしかないとわかるさ」と言って、夜ごと銀座の高級クラブで花咲か爺さんのように1万円札をばら蒔いていた。彼は薪の代わりに暖房にくべるほどの札束を持ち歩いていたが、大して幸福そうに見えなかった。その時ようやくヘーゲルの言葉(「人は常に他者の承認を求めて生きている」)が理解できた。彼は金で買えるすべてのものを持っていたが、他者の承認だけは得られなかった。(137ページ)

他人の欲望では癒されない

他者の承認を得るもっとも簡単で確実な方法は、自分の価値観を他者と同じにすることだ。女子高校生の間で流行したルーズソックスのように、成熟した大衆社会では、人びとは他人が望むものを手にいれようと行動する。不格好な靴下は、マイホームやマイカーや学歴や肩書など、私たちの社会で価値があるとされるどんなものにも置き換えられる。そこでの個性とは、傍から見ればどうでもいいような微細な差異を競うことだ。・・・ブランドの魅力は価値観を共有する世界規模の消費共同体に参加できることにある。・・・ところであなたの欲望が他人の欲望であり、あなたの幸福が他人の幸福だとすれば、あなたはいったいどこにいるのだろう?豊かな社会では「自分探し」の旅が流行するが、たいていの場合、探すべき自分は最初から存在しない。・・・大衆の欲望は無際限で、渇きは永遠に癒されない。幸福のかたちを見失う理由は、たぶんここにある。(139ページ)

本書の冒頭とあとがきから

日本はいまでも世界でもっとも豊かな国の一つであり、この国に生れた幸運を活かせば、自分と家族のささやかな幸せを実現することは、それほど難しくない。必要なのはほんの少しの努力と工夫、自らの人生を自らの手で設計する基礎的な知識と技術だ。(10ページ)

子どもが生まれたばかりの頃、六畳一間に小さな台所があるだけの古いアパートで、その寝顔を見ていた。いつの間にか日がくれかけて、雨の音がした。玄関を開けると、雑草の生い茂る庭に銀色の雨の匂いがした。そんな些細なことを覚えているのは、その時、人生は美しいと知ったからだろう。(215ページ)

知的幸福の技術

我々は他者の承認を得るのに、グローバルな消費共同体に参加する安易な方法を選んでいるのではないか?ある人にとっては高級ブランドであり、ある人にとっては不動産であり、またある人にとってはルーズソックスである。他人の作った欲望から生まれる幸福には本当の癒しは存在しない。他者に依存しない自らの欲望をつくりだし、幸福になることは可能であろうか?著者は本書の冒頭とあとがきに、雨の匂いとその時の情景を記す。著者の感動には他者の作った価値観が入り込む隙間はない。そしてこれを読んだ私は他者の欲望として共有する。終わりのない幸せは、自らの幸せを他者に承認して貰うことである。それには自ら自分の幸せを語ることが必要である。

蛇足

私の記憶、夏の夕立の匂い。

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