毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

社会は思ったより長期的な視野には立っていない~『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』岩瀬 昇(2016)

日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか (文春新書)

 昭和初期の北樺太石油、満洲国建国時の油兆地調査、そして南方油田。
そこには確かに石油があったはずなのに、日本はモノにできなかった。(2016)

なぜ満州大油田を発見できなかったのか?

満州での石油探鉱は、北満州のジャライノールでも、南満州の阜新でも、作業は中途半端な形で終わった。当時日進月歩の勢いで技術革新が進むなか、時間のかかる石油開発事業の本質を理解していない上層部の判断に大きな問題があったのは間違いない。だが、それよるも自らの力量を客観的に把握できず、「軍事機密」という名のもとに、すべてを自分たちの手で行おうとした過信が、こうした中途半端な探鉱を招いた理由ではなかろうか。

石油滞億アメリカでは、1920年代から物理探鉱の技術が目覚ましく進歩し、数多くの物理探鉱専門会社が設立されていた。地震探査の技術では、容易に深い地層のデータが得られる反射法が普及していた。・・・もし真剣に満州での石油探鉱を成功させようとしたのであれば、技術能力の足りないことを認識し、その弱点を補うために、アメリカの物理探鉱専門会社を起用すべきであった。(137ページ)

現在の石油開発の担い手

エネルギー安全保障に関わる方策は時間と資金がかかるものだ。つまりは国民の血税をどこにどのようにして使うのかという選択の問題になってくる。

石油公団とは、石油の自主開発を促進することを目的として、昭和42年(1967)年の石油公団法により設立された特殊法人だ。主管官庁は、当時の通商産業省資源エネルギー庁で、資本金の全額は政府の出資からなっていた。・・・(2005年石油公団は不良債権の問題から解散することになるが、その後も)日本政府としては石油開発を支援し、資源の安定供給を目指す必要があるため、平成14年(2002)年の「独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構法により・・・現在はJOGMECが、旧石油公団の事業を受け継いでいる。機構法第3条によるとm、目的は「資源の供給」と「開発促進」となっており、「事業主体にならない」という点を含め、旧石油公団と同一である。(245ページ)

石油開発は長期間の投資が必要

石油開発には長期間の投資と石油が見つからないかもしれないリスクが存在する。第二次世界大戦前、日本は満州での油田開発に失敗した。これには様々な理由があろう。

現在日本には油田開発を行う存在感のある企業は存在しない。フランス、中国などが米国などの石油メジャーと匹敵する国営企業を持つ。この差を岩瀨氏は日本の国策は国自らが事業主体になっていないことを指摘する。事業主体にはならず、民間への情報提供と投融資を行ってきた。事業主体にならないことで長期的な視点が欠如していたのかもしれない。

当時満州で日本が発見できたか否かは今となっては意味のない議論である。今も石油確保に安定的な基盤を持たないことが問題だとすれば、満州と今を結ぶ共通点は何か?我々の社会は思ったより長期的な視点を持っていないのかもしれない。

蛇足

戦前の石油政策の失敗の一つは人造石油への期待

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