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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

新たなドアを開けるには、後ろのドアを閉じなければならない~『リーダーシップの旅 見えないものを見る』野田智義×金井壽宏(2007)

リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書)

野田氏は組織行動論の研究家、何かを見たいという気持ちがあれば、可能性は無限に膨らむ。自らが選択し行動することで、人は結果としてリーダーと呼ばれるのだ。(2007)

 

旅の出発点

私たちは、深く暗い森の中にある村の住民だ。村のはずれには不気味な沼地がどこまでも広がっていて、周囲を暗い森が囲んでいる。村には昔から言い伝えがあって、私たちは「この沼を渡るな、この沼を渡って戻ってきた者はいない」と聞かされて育ってきた。・・・しかし、村で暮らすあなたには、何か抑えきれない気持ちがある。遠く目を凝らすと、沼の果てに、ほのかな光が見えるような気がするのだ。森の向こう側には、豊かな草原と青い空が広がっているのではないか。もしそこに住むことができればどんなに素晴らしいだろう。(52ページ)

準備をしてみても、、、

じめじめした沼地を渡り、深い森を抜けて、青い空を見たいという思い(夢と志)がリード・ザ・セルフ、旅の出発点となる。もちろん沼を渡ろうとする前に、ある程度の深さぐらいは推測した方がいい。装備もそろえた方がいい。いざと言うときにおぼれないためには、体力を鍛え、水泳法もマスターすべきかもしれない。知識やスキルはあるに越したことはない。

旅立ちを拒むもの、それは打算

しかし知識やスキルだけでは、決して沼地は渡れない。最初の一歩を沼地に踏み入れなければ、何も始まらないからだ。そして、その時に絶対やってはいけないことがある。それは打算だ。このまま村に残り、村人たちの信用を得るような行動をとり続ければ、いずれは村長の娘と結婚でき、そうすれば村の中でそれなりの地位を確保できる、うまくいけば次の村長になれるかもしれないといった計算だ。沼を抜ける喜びと、現状のまま信用を積み重ねていけば後で手に入りそうな喜びとを天秤にかけてしまうと、もう旅には出られなくなる。前者は不確実性とリスクに満ちているし、後者はこれまでの実績による裏づけがあるからだ。天秤は、必然的に後者に傾く。(155ページ)

目の前のドアを開けるためには、後ろのドアを閉じなくてはならない

 

沼に第一歩を踏み入れる。水は冷たく、すべての本能がそんな馬鹿なことは止めろ、と訴えてくる。その時、現状肯定、つまりは今享受している温かい我が家と家族を考えたら、人はもう進めない。現状否定をして、不確実な沼の果てのほのかな光を目指して歩みを進めた人のみが旅の目的地に結果にたどり着ける。つまりは目の前のドアをあけるためには、後ろのドアを閉じなくてはならないのである。

リーダーシップとは

 

本書ではリーダーシップを「見えないもの」を見る旅であるという。沼地に一歩を踏み入れたとき、彼は単なる変人である。沼を渡り切り、豊かな草原と青い空に到達し、仲間を引き入れたとき、リーダーになる。リーダーに条件があるとすれば、現状を否定することである。自ら望むか、他者から強制されるか、様々な事情があろう。リーダーの第一歩は後ろのドアを閉じ、現状を否定し、旅に出発することである。

蛇足

 

前のドアを開けた人を、他者はリーダーと呼ぶ。

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