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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

ディズニー版シンデレラとグリム童話の間には何があるか?~『ディズニーの魔法』有馬 哲夫氏(2003)

 ディズニーの魔法 (新潮新書)

有馬氏はメディア論の研究者、今や原作よりも身近なディズニー・クラシックスの数々。いかにして残酷で猟奇的な原作は夢と感動の物語に作りかえられたのか。「アメリカの民話」を作るために使われた魔法とは何か。(2003)

 

グリム童話の灰かぶり姫」

『シンデレラ』の原作の一つ「灰かぶり姫」では、いじわるな連れ子姉妹が「金の靴」に無理に足を押し込むため、それぞれかかと足先を切り落とし、歩けなくなってしまう。ヒロインは自分の婚礼のめでたい席で、さらに彼女たちの両目をつぶして復讐する。・・・原作には復讐物語が多く、残酷でグロテスクで倒錯的な要素が多い。もっともこれらの童話には、民衆が心の奥底に持っていた暗い情念が色濃く反映されている。(9ページ)

グリム童話の灰かぶり姫を一言でいうなら、気弱な少女の復讐物語といえる。灰かぶりの性格とイメージとは、いつも背中を丸めているような、引っ込み思案な目立たない少女だ。物怖じせず、はっきりとものをいい、性格も外向的なディズニーのシンデレラとは正反対だ。・・・「灰かぶり姫」の世界には、王子と結婚しただけではまだ収まりがつかない、人間の深い情念がある。(82ページ)

「灰かぶり姫」=シンドリヨン=シンデレラ

彼女がなぜ「灰かぶり姫」というのかというと、自分の部屋どころかベッドすらなく、いつもかまどのそばで灰にくるまって寝ていたからだ。かまどのそばだから、そして灰にくるまるから、その余熱で夜の寒さをしのげる。灰はフランス語でサンドルという。そこで「灰かぶり姫」はフランス語でサンドリヨンと呼ばれる。つまり「灰(サンドル)」+ちゃん(イヨン)」という合成語だ。英語になおすと、これはシンデレラとなる。(82ページ)

ディズニーはどうリメイクしたか?

「夢は見続けていれば必ずいつかかなう」とは、ディズニーの決まり文句であり、作品に共通して流れている人生哲学だ。原作と少し違うのは、シンデレラが、夢がかのうのではなく、自ら掴み取ろうとしていることだ。・・・彼女を特徴づけるものは、その幸せを掴みとるのだという強烈な意思と、自分は高い地位にのぼる資格が十分にあるというプライドだ。彼女は灰かぶりのように、目立たない性格でもなければ、控えめでも、意志薄弱でもない。そもそも彼女は、名前こそシンデレラつまり灰ちゃんでも、灰かぶりのように、かまどの灰をかぶって台所にころがって寝てなどいない。そんなこと受け入れるような気弱な女性ではない。(96ページ)

シンデレラはグラビアモデル

映像的に見てディズニーらしいのは、シンデレラの容姿だ。・・・いかにもアメリカのグラビア雑誌から出てきたようなヤンキー娘だ。シンデレラのライブ・アクション・モデルとなったのは、ヘレン・スタンレーという女優だ。・・・ディズニーは彼女をスタジオに連れてきて、その動きを実写フィルムにとって、それをアニメーション化した。(103ページ)f:id:kocho-3:20150825211329p:plain

グリム童話とディズニーの間

ディズニーはグリム童話の灰かぶり姫から残酷なシーンや復讐劇を除いた。そしてできたシンデレラは、「夢は見続けていれば必ずいつかかなう」という現代的な価値観を代弁することになる。絶対的な身分制の下では「民衆が心の奥底に持っていた暗い情念」は本人の努力では解消し得ない。だからこそグリム童話では復讐がドラマの最後を飾っていた。現代のシンデレラには自分で夢を達成したからこそ、もはや復讐は不要となった。

更に一歩勧めれば現代は“明るい情念“の時代と言えると考えた。夢はかなえられるのに、かなえる勇気を持てない人がいる。そういった人を救済するストーリーとは何か?考えさせられる。

 蛇足

 

ディズニー版シンデレラの完成は1950年

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