毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

ピンチだ!と感じた時あなたを救う方法、"あなたを上から見下ろしなさい"~『スポーツと超能力』極限で出る不思議な力

スポーツと超能力―極限で出る不思議な力 (コズモブックス (8))

本書は1984年刊、タイトルは誤解を招きかねないが、数多くのスポーツマンの"普通ではない体験"についての発言が引用されている。 

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スポーツマンの至福の時

 精神と魂と肉体とが完全に調和したとき、スポーツマンは、信じられないようなファインプレーを行ない、次々と記録を更新し、観衆を魅了する。通常の理論では、奇跡としか言いようのない、こうした超常的パワーは本来誰もが秘めている力なのだ。にもかかわらず、その真の能力に気付かぬ我々は、その僅かな部分しか働かせず狭い肉体という殻に閉じ籠もり喘いでいる。・・・自分に宿るすばらしい能力を発見し、目の前に立ちはだかる限界を超越して無限の至福を味わうことができるのだ。選手たちのファインプレーは、我々にその能力の一端をみせてくれている~本書裏表紙より

スポーツと至福の時

 

本書で様々なスポーツマンの発言が引用される。アメリカンフットボール、ゴルフ、カーレーサー、合気道、様々な選手が時間と空間を趙得し、すべてのものがコントロールできる一体感を感じる瞬間がある。その時スポーツマンは全てのものから解放され至福を感じる。それではそれは鍛練をしたスポーツマンが極限を挑む時でした体験できないのであろうか?

離魂を利用したスポーツ選手

 

匿名を望むある有名な長距離選手によれば、水泳マラソンの競技中、肉体が疲れ切った時には、泳ぎ続けている肉体の代りに離魂して頭上を漂うことにより、肉体の緊張をほぐすものだという。再び肉体へ入った時には気分爽快で、疲労も憶えず相当の距離を泳ぎ続けることができる、と言うのだ。彼は、他のスポーツの選手たちも競技中に肉体を遊離することがあるが、彼らはそれについて語らないのだ、と付け加えた。(118ページ)

自らを第三者化する

 

水泳の最中に自分を第三者化する。これは水泳の技術とか体力とは関係ない。こういう事を知っているか知っていないか、である。人間は自分を環境の中で第三者化する能力を持つ。これはスポーツに限らない。厳しい局面であればあるほど、第三者化して肉体をリラックスさせる事が重要になってくる。そしてそれは肉体的だけでなく、精神的にも同じ事が言える。厳しいと感じた時ほど第三者化する視点というものが大切になる。

戦闘機を操縦する時でも

 

(戦闘機の操縦の先にある感覚が)このような静止だとすると、まわりの大空も、はるか下方の雲も、その雲間にかがやく海も、沈む太陽でさえ、私の内的な出来事であり、私の内的な事物であって不思議はない。(69ページ)

熱中する感覚

 

我々はスポーツだけでなく、物理的な環境であっても、時間と空間を超越して世界と一体化する感覚を憶える事が可能である。自らそういう選択をし、その時、"離魂"という第三者化する視点を持った時容易体感体感できる。

蛇足

 第三者化とはあなたを頭上から見下ろす事

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