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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

免疫における「自己」は偶発性を内包している、本当の自分は存在しない!?~『免疫の意味論』多田富雄氏(1993)

免疫の意味論

多田 富雄(1934-2010)免疫学者、文筆家。「非自己」から「自己」を区別して、個体のアイデンティティを決定する免疫。1993年刊

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免疫とは何か?

 

免疫系は生体内で病原体などの非自己物質やがん細胞などの異常な細胞を認識して殺滅することにより、生体を病気から保護する多数の機構が集積した一大機構である。(wiki)

 

自己は行動様式である。

 

 

昨日まで「自己」であったものが、今日は「非自己」となり得る。それぞれの時点では「自己」の同一性というものは存在することは認めたとしても、本当に連続性をもった「自己」というものは存在するのであろうか?こうして全体を眺めてみると、正確には、免疫学的「自己」というものが存在しているわけではない事がわかる。反応する「自己」、認識する「自己」、認識される「自己」、寛容になった「自己」というように、「自己」は免疫学系の行動様式によって規定される。

 

免疫系はペプチドという単位で情報を認識

 

 

タンパク質という巨大情報をペプチドという断片にまで分解して提示することになると、全く違った情報から同一の情報が切り出されてしまうこともある。(以下の)2つの全く異なった内容の文章は、要素に分解されるとほとんど同じである。・・・ペプチドにまで分解された情報には、「自己」と「非自己」はアプリオリには存在しない。(230ページ)

 

     「増大した核爆発によるエネルギーはタービン室で利用される」

     「核家族化によってエネルギー需要は爆発的に増大した」

 

免疫系はアップデートされ、偶発性を持つ

 

免疫系は自己と非自己を区別する事から始まる。胸腺で成熟するT型細胞はある時点の自己と「違ってしまった自己」を見つけ、違ってしまった自己を非自己として攻撃する。この違いはタンパク質のペプチド単位の情報として認識される。そこにはアプリオリは存在せず偶発性を持つ。例えで言えば一つの文章は常に同じペプチドに変換するとは限らないという事である。

アプリオリな免疫上の自己は存在しない?

 

免疫上の自己は、自分を取り巻く非自己=環境と自己の行動様式によって決まる。つまりは関係性である。そしてペプチドの情報単位で認識するという偶発性を持つ。常に変化する外部環境に適応する為に当然の事であろう。

我々が自己を求める意味

 

物質としての自己は存在しない。自己は関係性で決まり、偶発性を伴い変化していく。免疫学は、「量子理物理学が見せる断片と同じ事」を示している。

蛇足

 

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