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毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

街路樹No.1はイチョウ、2億年前に誕生し、50万年前には絶滅寸前だった~書評「イチョウ 奇跡の2億年史」

生物 文化人類 新刊

イチョウ 奇跡の2億年史: 生き残った最古の樹木の物語

この愛すべき樹木がたどったあまりに数奇な運命!2億年近く生き延びたあとに絶滅寸前になったイチョウは、人間の手で東アジアから息を吹き返した。

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イチョウは2億年前に誕生し、1億5千万年前にピークを迎えた

イチョウの歴史がとりわけ興味深いのは、栽培されずに自生している木が極端に少ないことだ。イチョウは、かつては北半球の全域に生育していたものの、気候変動が起こったり新しいタイプの植生が出現するたびに、あちらこちらで途絶え、ついにはユーラシア大陸のほぼ全域と北米大陸すべてから姿を消した。・・・1億5千万年前より古い時代に起源を持つ動植物のほとんどが絶滅していることを思えば、イチョウが2億年ものあいだ基本的に変わらないまま存続したのは、奇跡としかいいようがない。(10ページ)

イチョウの第2ラウンド

(かろうじて生き延びていたイチョウは)中国の森で自生状態を保護されるようになった。800年前頃には韓国や日本にも広まった。そして17世紀後半に日本で西洋人によって見出されるや、たった数十年でヨーロッパを制し、さらには全世界の気候の適したところに進出していった。イチョウは大気汚染にも害虫にも強いため、北半球と南阪急の温帯に位置する都市にうまく適応した。(10ページ)

それではなぜ絶滅寸前になったのか?

現存するイチョウは1種だけ

イチョウ様植物は、1億年前ごろから(イチョウ・グループの種類が)明らかに減少している。・・・一つの可能性として、被子植物との競争が考えられる。被子植物は進化的に大成功した新しい植物グループで。白亜紀半ばに急速に分布域を拡げたからだ。・・・かつて繁栄を謳歌したグループとしてのイチョウの仲間は消え、そこに生き残った種だけがこんにちの単一現生種につながる系統となったのだろう。・・・思いがけず出現して、わっと進化し、その後は不可避的に容赦なく淘汰され、ほとんどの種が脱落する。イチョウもウマもヒトも、1種のみが生き残った。(161ページ)

生き残った1種が個体数も減らしたのはなぜか?

イチョウの衰退は種子を拡散する媒体の減少が引き起こしたのではないかということだ。・・・中生代末期か新生代のどこかの時点で、イチョウは種子拡散を託していた動物を失い、そこに気候変動の追い打ちをかけられたということになる。・・・寒冷化、乾燥化した気候はかつての広大な分布域を浸食し、イチョウの移動手段である種子拡散力を抑え込んだ。・・・イチョウの場合、地域絶滅は更に極端だった。ヨーロッパからは完全に消え、北米北部と西部からも消え、日本からも消えた。中国でさえ、ほとんど消えかかった。(205ページ)

街路樹の10本に1本がイチョウ

「黄葉時の美しさと、剪定に強いという特性から、街路樹として利用される。2007年の国土交通省の調査によれば、街路樹として57万本のイチョウが植えられており、樹種別では最多本数。(Wiki

イチョウ並木は秋の風景として溶け込んでいる。こイチョウ、銀杏と標記した方が相応しいが、2億年の歴史を持ち、現存種は1種、近代になって人為的に拡散された植物という希有なキャラクターを持つ。500万年前まではヨーロッパにも自生していた。地質学的な時間のスケールで言えばついこの前の事である。「私たちは、つい最近まで世界はまるで違っていたのだという事を忘れがちだ。地質学的時間の中で、地球上の動植物の分布域は以外に速くかわってきた。」(198ページ)現在のヒトはわずか20万年前に分離した。我々の生物としての繁栄もまた短い時間しかたっていないのである。

蛇足

長崎に滞在したオランダ人ケンペルが1712年ヨーロッパにイチョウを始めて紹介。

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