毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

辞書は50音順が当たり前と思っていないか?~現在のスタイルの国語辞書はわずか120年の歴史

辞書からみた日本語の歴史 (ちくまプリマー新書)

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明治期「ひらがな」だけの辞書も試されたが漢字の使用が継続

 

大槻文彦(1847-1928)~「言海」を編纂

日本初の近代的国語辞典『言海』の編纂者として著名、明治8年(1875年)に、当時の文部省から国語辞書の編纂を命じられ、明治19年(1886年)に『言海』を成立、その後校正を加えつつ、1889年-1891年に自費刊行した。19世紀~20世紀にかけて、西洋列強と呼ばれる各国では、国語の統一運動と、その集大成としての辞書作りが行われた。『言海』の編纂も、そうした世界史的な流れの一環としてみることができる。(wiki

 
言海「本書編纂ノ大意」

言海がどのように辞書であるかは、「本書編纂ノ大意」を読むとよくわかる。その第一条は「此書ハ、日本普通語ノ辞書ナリ」から始まる。(164ページ)・・・「本書編纂ノ大意」の二条では「発音pronounciation」「語別parts of speech」「語源derivartion」「語釈definition」「出典reference」の五つが備わって「始メテ辞書ノ体ヲ成ス」と述べる。(168ページ)

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http://www.babelbible.net/genkai/genkai.cgi

近代的な国語辞書「言海

日本は西洋と接触することによって、西洋の辞書を知った。西洋の辞書は明治期になって、日本の辞書のはっきりした模範となったと言えよう。・・・明治24年に完結した「言海」はそうした辞書の代表格でもあり、後の時代に影響を与えた辞書のチャンピオンでもあった。(184ページ)

言海」は50音順

西洋文字がアルファベット順になっていることはすぐにわかるはずです。・・・「いろは」を選択するか、「五十音」を選択するかは、明治20年前後ではどちらもあったということになろう。・・・大槻文彦が出来上がった「言海」を福澤諭吉に届けたところ、五十音順であるのをみて、「顔を顰め寄席の下足札が五十音でいけますか」と言ったことがということが(一部略)東京日々新聞に記されている。(150ページ)

近代的な辞書の前は何だったか?

「意義分類+いろはわけ」あるいは「いろはわけ+意義分類」と言う体例(149ページ)をとっており、意義分類に慣れた人には使うのに支障はなかったと説明している。「自らの文字生活の記録であった」(187ページ)のであり意味を調べるのでなく、編者の知の集積を読むものであったということだ。直接の要因は西洋の辞書の影響だが、大きく捉えれば辞書の編纂がnation stateと連動した文脈で捉えられる。我々はその分岐点を辞書の「意義分類」から「五十音順」へ、そして「読む辞書」から「引く辞書」への変遷として認識できる。明治期が改めて大きな転換点であった事に思い至る。

蛇足

五十音順が当たり前になってわずか100年

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